投下するスレ 01





王宮の内庭。質素ながらセンスを感じる噴水の横に、ひとりの青年が腰掛けていた。
そこに、1人の青年―座っている青年より、若干若さを感じる―が、近づいていった。

「計算さん」

「ん、SEVEN。就任以来会うのは初めてだね」

「どうもこんにちは。どうしたんですか?王宮にくるのは珍しいですよね」

「ああ、試合を見に来ようと思ったんだが、少し早起きしてしまった。
それより、就任おめでとう。君ならしっかりこの国をまとめてくれると思ってる」

「そんな、僕なんか。くらさんの方が絶対適任でしたし・・・」

「確かにそうかもしれない。あの人は長くこの国を知っている。僕も残念だ。だが、新しい風も必要なんじゃないかな」

「と言いますと?」

「JapenCupも進んでいる。そして、JapEnのメンバーを集める時期も近づいてきた」

「ああ・・・なるほど」

「君も活躍してくれることを期待しているよ。『総合管理人』さん」

「はい」







旋転と、そこから生まれる力が支配する世界があった。

旋転。つまり、ペン回し。ペンと呼ばれるものを回す事により生まれる力は、あらゆる事象を可能とする。
より複雑に、より美しく回せば、より大きな力が生まれる。
世界を支配するこの力を操るものはスピナーと呼ばれ、世界は彼等を中心に回っていた。

ここはその中のJapEnBoard、通称JEB。極東に位置する、世界有数の大国である。

数年前、旋転の発祥の地と呼ばれながらその西部に遅れをとっていた場所に産声を挙げて以来、
他国を上回る驚異的な速度でその人口・国土は広がり、最早旋転技術は世界最高と言っても過言ではない。

現在、国内のスピナーがその力を競うJapenCupが行われており、王宮内の大広間は連日見物人にあふれていた。







「おい、見ろよ・・・あれ計算さんじゃね?」

「うお、マジだ。サインもらってこよう」

そんな声が聞こえた。どうやら、気づかれたようだ。
申し訳ないけど、ここはちょっと逃げさせてもらおう。
こんなに人がごった返しているところでサインなんて書こうものなら、収集がつかなくなる。
幸い、周りのほとんどの観客の目は入場してきた選手に向いている。回しても大丈夫だろう。

ポケットから出した、自製のペン。柔らかく、丁寧に、簡単なパスコンボ。

ペンから魔力が滲んだのを感じた。後はこれを使うだけ。
人ごみの外、朝みたいに裏庭辺りに飛ぶか。

その時。旋転によって鋭敏になった感覚が、向かってくる何かを感じた。

即座に魔力の使用を、別に向ける。
羽織ったマントを広げると同時に、その周りを光が包む。
少々作りは荒いが、それでも防ぐのには十分だろう。

乾いた音を立てて、何かがはじかれ下に落ちる。

ざわつく観衆を尻目に、地に落ちたそれを拾う。
ナイフ、というには少々無骨。石をとりあえず刺さるように削った、といった感じだ。
そして、その石は明らかに魔力を帯びていた。

「スピナー、か」

飛んできた方向に目を向ける。王宮の中心の塔の上、のように感じた。
あんなに目立って、かつ警備も厳しい場所にわざわざ乗り込むとは、物好きのようだ。
そして何より、実力者だ。

「管理人の誰かに、報告しなきゃならないな」

騒然とする人々を残し、やわらかな風と共に彼は消えた。







「な・・・!?」

SEVENは、大広間の特別席から試合を見学していた。
そして、ふと目を向けた時に何かが観客席に飛ぶのを目撃していた。
それを誰かが防いだ事も。その軌道の速さ・帯びた閃光は、魔力のものであったことも。

「?何かざわついてますね」

隣に座る審査委員のRYOがその観客席の方に目を向けた。

「あー、私がやっときます。RYOさんは審査をよろしくです」

SEVENはRYOを制した。今、見た状況を、自分の目で把握したかった。


「計算さん!」

場を治めた後、SEVENは計算を追っていた。

「今攻撃を受けたのは・・・」

「俺だ。見ていたのか?」

「はい。まさか計算さんを狙う輩がいるとは、正直驚きましたよ。
命知らず、というか」

「いや、そうとも限らないかな」

「え?」

「格下という訳ではなさそうだ、ってことだよ」


SEVENは頭の中に、計算さんと同格に値する人物を考える。
世界中に名だたるスピナーばかり。国内には、おそらく存在しない。
複雑そうな表情をした計算が、一拍置いて、SEVENは自然と敵から除外していた、「世界に名だたるスピナー」を挙げた。

「ayatoriだ」

「a,ayatoriさん!?」

動揺したSEVENの表情が、さらに驚愕を見せる。

「ああ。間違いない。SEVEN、緊急事態として動いてくれ」

「と、いうことは、」

「ああ。唯一神への謁見に値する事態、ということだ」

「は、はい!すぐに!」







コンコンッ…

ノックをした後でSEVENは緊張していた。
総合管理人をはじめとするごく一部しか許されない唯一神の間。
就任したばかりの自分は、入るのは初めてだ。

「何方様でしょうか…」

「せ、SEVENに御座います。」

「御入りなさい…」

扉を開けるとそこは、見渡す限りの黄金の世界だった。
言葉では言い表せれ無い程の輝き。
この地のペン回しの歴史に関わり、そして作り出して、神となった彼にのみ許される世界。

そして部屋の中央にて禅を組み黄金に包まれている男が一人、唯一神HIDEAKI。
彼は"PENMAWASHI"を手に持ち変形ハーモニックを繰り出していた。

それだけで、オーラにSEVENは圧倒された。
「一体、どういたしましたか…?」

HIDEAKIの言葉でSEVENは我に返った。

「あ、申し訳ありません。えー、緊急を要する事態が起こりましたので、総合管理人として謁見に参りました。」

SEVENは事を手短に話す。

「JEB内随一の実力者にして、その人望でも知られる彼がこのような事をするとは信じられません。
しかし、彼を最もよく知る計算さんの言葉です。間違いありません。
唯一神、ご意見を頂きたい」

HIDEAKIの目が、すぅと遠くを見た。そして、呟いた。

「JapEn4th…でしょうかねぇ…」

「JapEn4th?」

「それが関わる可能性は非常に大きい・・・
私が言えるのはそれだけ・・・ですね・・・今は・・・」







その頃。計算は、ある人物の元を訪れていた。

「coco_A、入るよ」

「どうぞ、計算さん」

王宮内の執務室。coco_Aは、普段はここで国内の様々な雑務をこなしている。
複数いる管理人の中で、恐らく一番こういう仕事をこなしている。
無論、他の管理人が怠けている、という訳ではないのだが。

「さて、何か起こったようですね」

「何故そう思う?」

「ただ雑談に来るのなら、わざわざ魔力で飛んではこないでしょう。
必要以上に力を使うのはご法度ですからね。
それに、私が職務中なのはお分かりでしょうから、無用で来るとは思えませんし」

「そうか。ま、正解だよ」

「では、聞かせてください。良いことですか?それとも、悪い事ですか?」

「残念ながら後者だ。
単刀直入に言おう。さっき大広間で、襲われた」

「襲われた?」

「ああ。遠くから、射撃のような形だ。本気でやり合うつもりはないようだが、問題はその相手だ」

「・・・、誰です?」

「ayatoriだ。間違いない」

ここで、今まで冷静な表情を保っていたcoco_Aが、初めて驚きを見せた。

「ayatoriさん、が?何故?」

「分かったら苦労はしない。だが、彼とはここ一月ほど顔を合わせていない
何をしていたか、知っているか?」

「・・・・・・。私も、ESを脱退されてからは、知っておりません」

チームES。チーム制度の黎明期に生まれ、制度の普及に大きく貢献し、またチームとしてのカリスマにもなっている。
JapEnCupの運営をしているのもESのメンバーだ。

「そうか。だが、あいつが、俺に刃を向けたんだ。並みのこととは思えん」

「未だに私は信じられまんよ・・・。このことは他に?」

「人ごみの中に居る時に撃ってきた。
SEVENとは話したが、他に察した奴もいると思う」

「SEVENさんは、今どこに?」

「唯一神の所に行ってもらった。こういう状況を一番に把握してるのは彼だ」

「その代わり、抽象的なヒントしかくれないんですけどね」

「それが、神たる所以だろ」

「ふむ。分かりました。あまり大っぴらには出来ませんが、警戒と調査をしておきます」

「頼む。俺は個人でayatoriを追ってみる」

そう告げると、計算はまた一陣の風と共にどこかに消えた。

「相変わらずきれいな移動術だ。魔力の足跡がほとんど残らないのは、計算さんくらいですね」

見事な旋転に感嘆するも、すぐさまため息に変わった。

「何故、この時期に・・・いや、この時期だから、なのでしょうか・・・」







JapEn。
それへの参加は、JEBのスピナーにおける最大の名誉。

毎年聖夜に、国内最高峰のスピナーがその旋転を披露する祭典である。
また、技術を他国に見せ付ける事による軍事的牽制という意味合いも持っている。

「それを、ayatoriさんが狙っていると」

「はい、唯一神さんは」

「なるほど。神がそうおっしゃられましたか。
時期が時期だけに私も考えたんですが、神が言うのだったら、間違いないでしょう」

「でも、何故」

「まだ、なんとも言えませんね」

さっきもそうだが、やはりこの疑問がまず出る。
計算さんと共に、日本のダブルエースとして近年のJEBを引っ張ってきたのは彼だ。

「とりあえず、ayatoriさんが居たという塔を調査しませんか?」

「ああ、そうですね。SEVEN君はそれを目撃したんですね?」

「ちらっと気配を感じただけです。
しかし、調査となると私はあんまり得手じゃないです」

「私もです。今、王宮にはそういうタイプと言えば・・・」

今日の警備や、その他の担当の名前を頭に並べる。
どうも、該当する名前が見つからない。

「あ、もしかして今日のJapEnCupってH組じゃないですか?」

「ん、そうですが」

「なら、あの人が」

「ああ、なるほど・・・。もう時間的にも試合は終わってますね。
呼びに行かせましょう」

coco_Aがペンを回す。ソニック系の柔らかなコンボ。
机の上の紙に何か黒い文字が浮かび、そして飛行機の形に折りたたまれ、扉から飛び出していった。


待つこと十数分。
扉を開けて、フランクな出で立ちの少年が入ってきた。

「うぃーっす。とーろでーす。およびにあずかりましたー」

「とろさん。わざわざすいません」

「どもー、ここあさん。それにせぶんくん。そうそうたるこんびっすねー」

「どうです、勝ちましたか?」

とろがVサインを見せる。

「それは良かった。さて、用件ですが、真面目な話になります」

「ん」

とろの仕草は変わらない。だが、目の奥の光が変わったのをcoco_Aは感じた。
ワールドカップの時のような目だ。どうやら、状況を察してくれたらしい。
こちらも引き締まった表情になったセブンが、状況を説明する。

「なる。じゃ、塔見てみまーすよ。でも、厳しいかもですね」

「厳しい、ですか?そういうトリッキーな技はとろさんはお得意では?」

SEVENが少し意外そうな表情を見せる。

「んー、まあ。でも、塔には重要書物とかもしまってあるし、しっかりスピナーが警備してたでしょ?」

「はい。それなりの者が守ってたはずです」

「なら魔力は隠蔽してあると思うんすよねー。そーいう細かいとこも結構うまいですからねー。
それに、あやろりさんが魔力を使ったのは、俺も感じました」

「感じた?」

「なんかこう、気配的な。まー、試合中で感覚研ぎ澄ましてたのもあるんすが。
でも、離れた俺でも感じたんだから、わざとだと思うんすよね」

「なるほど。パフォーマンスとかそういう類ということですか?」

「そうそうそれそれ。だから逆に、不利になる情報は残してないでしょ。ま、見るだけ見てみますけど」

なるほど。なかなか鋭い意見を聞かせてくれる。

「では、SEVENと一緒に調べて見てください。一応、あまり目立たないようにお願いします。
私は警備の強化の手配がてら、話を聞いてみます」

「りょーかいです」







toroとSEVENは、すぐさま頂上に向かった。

「どうですか?」

toroは、複雑なパス系のコンボを繰り出しながら、頂上のレンガに左手を当てている。

「んー。なんか、変。普通とは違うね。やっぱ隠蔽して・・」

突然、言葉を止める。

「どうしました?」

「なーるほどね。せぶん君、かかったよ」

「はい?」

「わざわざこんなとこから撃ったの理由は、パフォーマンスってのと、もういっこあった」

「え?」

「少人数のスピナーを、こーんなとこに隔離するためだね」


塔の頂上の周りを、球形に包む気配。

「魔力!」

そして、二人の周りに、黒い人状の何かが出現した。

「力をスピナーから離れてもこんなに持続させるとはやる事が違うねー」

toroが、ガンマン系を連射。鋭い火柱を撃ち、黒い相手の一角に切り込んだ。


toroの痛烈な一撃で黒い壁に穴が開く。
が、すぐさまそこにまた新しい影が生まれる。

「んー、これっていわゆる無限ループパターン?」

一体の黒い影が、呟いたtoroに飛び掛った。

「加勢します!」

SEVENの手の上で、ペンが踊る。
痛烈な切り返しから生まれる視覚効果。そこからさらに生まれる、強い魔力。
鋭い疾風が黒い影を穿つ。

toroも負けじと攻める。バランス、キレ、共に抜群の旋転。

しかし、撃てども撃てども黒い何かは尽きる気配が無い。

「とろさん、これマジで無限ループですか?」

「むー」

答えながら、内心toroはおかしい、と感じていた。
魔力というのは、旋転から生まれる。そして、それはその場で用途を決め、使用しなければ、消えていくものだ。
正直、あやとりさんがが去ってからこんなにも長く魔力が残り、効果を及ぼしているのもおかしいのだ。

ましてや、さっきから媒体なしの魔力のかたまりみたいなのが、うじゃうじゃ生まれている。
魔力の質は悪いが、こんな量の魔力が残っているなんて―

残っている?


「SEVENくーん」

「ひゃい?」

「守りまかせる。調べ物する」

「えええっ?」

「頼むよん」

そう言うと、toroは今までの攻撃的なコンボから一転、柔らかなコンボに旋転を変えた。

「(どー考えてもこんな魔力が残されてる、ってのはおかしい。なら、どっかから魔力が生まれてるってのが自然)」

目をつぶる。横に居るのはSEVEN。この程度の相手を前、信頼が置くには十分すぎるスピナーだ。
周りに、細い糸を網状に広げるイメージ。魔力の出所は―







計算は、王宮の裏手に位置する街に来ていた。

「失礼・・・」

「SPSL」と書かれた扉を開ける。
カランコロン、と小気味よい音を立てて鈴が鳴る。

「あ、計算さんー。どうもこんにちはー」

カウンターには、髪を後ろにひとつに縛ったかわいらしい女性。
明るい雰囲気の店内に良く似合っている。

「ああ、はさみ居たか」

「どもどもー。何にしますー?」

「悪いけど、今日は休みに来たわけじゃない」

「えー?計算さんツケは今ないですよー?」

「ツケを払いに来た訳でもない。
ayatoriのことだ」

「あやとりさん?」

「ああ。最近顔を見たか?」

「えー?んーと、先週店に来ましたよ」

「先週?」

意外な返答が来た。はさみからも、「一月以上見ていない」と言われると思っていた。

「はい。普通に紅茶飲んできましたよー」

「ひとりか?」

「んーと、ご来店はおひとりでしたけど、ちょうどくらさんもいらっしゃってたので、ふたりでお話してましたよ」

「くらさん?先週、居たのか?」

「はい。あの、ちょーど総合管理人交代の日です。式の後、寄って下さって。そのときあやとりさんも」

なるほど。しかし、そんな最近にayatoriが街に居たとは。他に目撃している人もいるかもしれない。
coco_Aに調査をしてもらえば、何か出てきそうだ。

俺は、話をしたというくらさんを追うべきだろう。今のところ、一番の情報筋だ。

「くらさんは、今どこに居るか知ってるか?」

「くらさんですかー・・・ええーと・・・旅に出るとか言ってました」

「旅?」

「はい。なんか、外に見るべきものがあるって」

「そう言っていたのは、」

「先週、あやとりさんと話した後です」

「・・・」

となると、その旅ってのはayatoriとの話を受けてのものである可能性がある。
しかし、ayatoriが敵である可能性がある今、自分が国の外までくらさんを追うことはできない。


「あの・・・あやとりさんに何か?」

「んー、ああ」

少し悩む。はさみは信頼の置ける人物であるのは間違いない。
だが、何かあったら顔に出てしまうタイプでもあるし、ここは話さない方がいいかもしれない。

「ちょっと用があっただけだ。国内に居ないなら、いいさ。色々ありがとう」

「はあ、そうですか・・・」

席を立つ。さて、次はどこに向かうか・・・

戸を開け、外に踏み出そうとした時、はさみが声をかけてきた。

「あの、あやとりさんですけど、ちょっと様子がおかしかったです」

「様子?」

「いや、たいした事じゃないんですけど・・・紅茶にお砂糖、入れませんでした。
いつもは、絶対入れるんです」

「・・・・・・・そうか、分かった。覚えておく」











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