投下するスレ 06

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「コーヒーでいい?」

「ん・・・」

黒く長い髪を垂らした女性が、曖昧な返事をする。
しかし、これは彼女にとっての肯定の合図であることを、長い付き合いのはさみは知っていた。

ブラックのコーヒーを淹れる。
喫茶店SPSL。昼間と違い、閉店時間を過ぎた今は1つの席を除き空席である。
その唯一人がいるテーブルに、カップを置く。

「はい。ちょっと久しぶりだねー。何してたの?」

「色々・・・」

またも小さな声で曖昧な返事がある。

この女性の名はMizm。広く名を知られるスピナーである。
はさみと非常に親しく、よく閉店後のSPSLを訪れて、話をしたり絵を描いたりしていく。
ただ、ここ10日ほど顔を見せなかったので、はさみとしては気になっていた所であった。
「ふーん。そっか。
ちょっと元気ないんじゃない?」

久しぶりだからかもしれないが、今日は少し様子が違う気がする。

「んー。色々・・・」

「そっか」

Mizmがコーヒーをすする小さな音が、店内に響く。

「最近、協会で仕事があって・・・」

Mizmが先に口を開いたので、はさみは少し驚いた。
普段は、こちらから話しかけなければ口を閉じたままの事が多い。
一度沈黙になったら、それを破るのはいつも自分だった。

「協会?」

Mizmはペン回し協会に属していて、けっこう活動にも参加している。

「ん・・・」

「ふーん。仕事って、どんなこと?」

はさみが聞いていた限りだと、Mizmの協会での仕事は旋転を子供に披露したりといったもので、
疲れるとかそういうのとはあまり関係がない印象があった。
事実Mizmも、活動を楽しんでいると言っていた。

「んー・・・言ったらまずいかな・・・」

「そっかー。そういうのも協会にあるんだね」

「今回はなんか・・・いつもと違う・・・」

さっきから、目の前のMizmの視線は自分ではなくテーブルに向いている。
色々と考えることがあるようだ。

「違うって、どんな風に?」

「んー・・・根本的にっていうか・・・
姫さんとかもちょっと変だし・・・どうしたのかな」

「姫さんもなんだ。
まあでも姫も人間だし、ちょっと調子が悪い時もあるよね」

そうMizmには言いながら、正直自分も「変な姫さん」を想像できない。
姫は、いっつも冷たい感じだけど優しくて、自分としては完璧な女性って感じだ。美人だし。

「まあ、はさみもそのうち話は聞くと思うけど・・・」

「ふーん」

ふと、カランコロンと鈴の鳴る音がした。
いらっしゃいませー、と言おうとして既に店を閉めていることに気づく。

「ごめんなさーい、今日はもう閉ま・・・」

「ああ、分かってます」

戸口から入ってきたのは、意外な人物だった。


「えーと、Sunriseさん・・・?」

「どうも、こんにちは。ああ、水無も居たのか」

Sunrise。
今は旋転の活動をしていないが、かつては日本最高のスピナーとして名を国内外に轟かせた時代もあり、
JEBの夜明けとして伝説となったJapEn1st、またその1年後の2ndの戦士でもある。

「・・・こんばんは」

挨拶をするMizmの表情がほんの少し強張っている。

「えーと、今日ははさみさんにお願いがあってお尋ねしました」

「お願い?」

「はい。協会として、ですね」

「え?」


その言葉に驚いたのははさみも同じであったが、驚きの声を上げたのはMizmであった。
Mizmは話を聞いていたというわけではないようだ。

そのMizmの反応を意にも介さず、Sunriseは続ける。

「ちょっと、お手伝いしてほしいことがあるんです。あなたの編集者としての腕を生かしてね」

編集者。旋転を統べるもの。

簡単に言えば、異なる人の作った魔力などを合成して1つの形にする作業を行う者である。
魔力と魔力を完全に融合することは不可能だが、特殊な方法である程度は可能である。
旋転とは別次元の才能が必要で、こなせるものは多くない。
はさみは編集者としての才も広く認められている。

「待って下さい、それって・・・」

Mizmの表情がまた変わっていた。

さっきの驚きは、一体何なのか分からない「?」を含んでいた。
だが、今回はSunriseが何を考えているのか理解し、そしてその理解した事実に驚いている。

「ああ。そういうことだ」

Sunriseの返答に、Mizmの顔にさっと青い線が入る。

「はさみは、駄目・・・」

「どうしてだ?はさみは国内でトップレベルの編集者であることは疑いようがない。
今、私達の手に優秀な編集者は1人、それも彼はどうもタイプが合わないらしい。
なら、別な編集者を外部から招聘しなきゃならないだろ」

「でも、はさみを巻き込むのは駄目・・・。
はさみ、断って」

「待ってよ水無、何の話だかまだ分からないよ」

「駄目・・・はさみ、JEBを自分の手で潰すことになるんだよ?」

水無が憔悴した表情で語った事は、はさみにとって衝撃的であった。
「え・・・?」

Sunriseが額に手をあて、ため息をひとつついた。

「水無、いきなり暴露する必要もないだろう・・・何を考えているんだ?」

厳しい目でMizmを睨む。
はさみは、Mizmの発言をSunriseが否定していないことに気づく。

「じゃあ、え?ちょ、ちょっと待ってください。JEBを?つ、つぶす?」

ふたたびSunriseがため息をつく。

「表現が悪いです。潰すなんて」

またもやSunriseは否定しない。

「私としても不本意な話なんです。ですが・・・まあいい。どうせいずれは知ってもらう話です。
このお願いに、そういう話が含まれるってのは事実です」
頭が混乱している。

さっき、Sunriseさんは「協会としてのお願い」と言った。
つまり、協会がJEBと闘うつもりなのだ。
協会がJEBと仲が悪いなんて話は聞いた事がない。

どういうことなんだろうか。おかしいことだらけな気がする。

「はさみさん、細かい事情は今は話せませんが・・・
今回の事は、姫を中心に名だたる方々の主張の末、決めた事なんです。
私も最初は納得できない部分があったのですが、今はこうして賛同しています。
それに、今日辺りから動き始めている者もいます。もう、止まれません」

Sunriseがはさみを説得しようとする。

その中の、今日から動き始めるという話に、心当たりがあった。
昼間に訪れた、いつもと様子が違った客・・・計算さん・・・

「あの・・・ayatoriさんって・・・」

ayatori、という名前に、SunriseとMizmが反応したのがはさみに分かった。

「はさみ、どうして・・・?」

「んーと、えー、ちょっと計算さんからayatoriさんについて聞かれたから」

「なるほど。計算さんから話は聞いてましたか。」

Sunriseはひとつ頷き、

「ええ。ayatoriは私達の仲間です」

はさみは、その言葉を予想していた。そう直感したから、ayatoriの名を出したのだ。
だが、そう肯定された後、ayatoriがJEBの敵に立っているという事実に気づかされた。

「待って下さい、そんなはずが・・・」

Sunriseは落とし所と踏んだのか、畳み掛けるように事実を並べる。

「本当です。というより、今回のことはayatoriと姫が最初に発案したと聞いています。
中心人物と言ってもいい」

「ayatoriさんが?どうして?」

「ここでは話しかねます。私と一緒に来てくれれば、話しましょう」

とんでもない事実を先程から並べているにもかかわらず、Sunriseは質問に答えない。

ayatoriが、なぜ。その疑問を、はさみは何度も自分にぶつける。

少しの間があった。その間の中で、はさみは1つの結論を出した。

「分かりました。協力させてください」

「本当ですか?」

Sunriseの表情が緩む。Mizmは驚き、そして目を伏せた。

「では、明日、指定する場所に来て下さい。詳しい話を致しましょう」

そしてSunriseは場所を告げると、喫茶店を去っていった。

「はさみ、どうして・・・」

2人きりになった後、Mizmがはさみに問いかける。

「うん、分かってる。大丈夫。
私にも考えがあるから。JEBを潰すなんて、そんなことにはならないよ」

はさみはそう言うと、微笑んだ。







外はすっかり暗くなっている。
ただでさえ人の少ない外れの町である。さっきからさっぱり人と擦違わない。

通りを疾走する計算。右手のペンは、先程から単調なパスを何度も繰り返している。
意識は、建物の上だ。跳ねるように移動する気配。

どうやら追われていることには気づいているらしい。
さっきから何度か急な方向転換をしたり、ダミーの気配を飛ばしたりしている。
だが、計算はその全てをしっかり見切って、徐々に差を詰めている。

「(入った・・・)」

距離が一定のリーチまで縮まった時。計算は足を止め、そして長めの複雑なコンボを放つ。

屋根の上、逃げる相手の前方に一瞬にして計算は到達した。

「流石に逃げ切れないか。見事な追跡だったよ、計算くん」

「・・・imuさんでしたか」

予想以上の大物がそこに居た。

imu。奇抜で常識にとらわれない旋転で一世を風靡した名スピナー。
JapEn2nd時には、日本のエースと呼ぶ声が多かった。

「正直予想外でしたよ」

「予想外?
ああ、そうか。じゃあまだ話を聞いていないのか」

「話?」

「ああ。昼間のうちに、うちの会長さんが挨拶にいっている。
その話を知っていたなら、僕の名前も思いつくはずだからね」

会長・・・で、imuさんとなると・・・

「なるほど・・・協会が敵ですか」

「察しが良くて助かるよ」

imuが微笑む。

「協会は何を?」

「そうだね。旋転界を変える、とでも言えばいいか。そういう話になっている」

「変える?」

「すまない。余計な事を言うと、監視がうるさいんだ。
悪いけどここは手を引いて欲しい。戦闘になると、僕の仲間がすぐに飛んでくる。
君に勝ち目は無い」

「嘘ですね。それが本当なら、そう俺にアドバイスする必要がありません」

「君は頭の回転が速すぎるよ」

imuが苦笑する。

「でも、本当だ。・・・あまり君と会話を出来ない立場なんだ。
逃がしてくれないんだね?」

「当たり前です」

さっきからimuさんの発言はどうも要領を得ない。
何を考えている?

「じゃあ、しょうがない」

imuがペンを構え、バクアラで口火を切った。
飛来する火球。スプレッドで一閃し、断ち切る。

その間、imuは得意のラダーコンボに入っていた。
計算の周りの景色がゆらぐ。
imu得意の幻術。計算はペンを回しつつりに意識を飛ばし、imuを見失わないようにする。

この状態から、どこかで攻撃を仕掛けてくるはずだ。
それを受け、カウンターを叩き込んでやる。

左の背後から、高速でのimuの突撃。
それをさらなる速さでかわすと、擦違いざまに雷撃を・・・

「・・・」

叩き込んだ。いや、叩き込めてしまった。

imuが立っている。防御はしたようだが、完全ではない。
服の脇腹の部分に焦げ後がある。手ごたえからして、ダメージもあるはずだ。

「imuさん?」

あまりにあっさりこちらの攻撃が入った。
いまは現役でない事を差し置いても、おかしい。

「やはり君とは戦えない。相打ちにでもなったら、本当にまずい」
「一体何を・・・?」

「すまない。だが、ここは去らせてくれ。
計算君、頼む。君が頼りだ」

そう言うと、計算の静止も聞かずにimuは去っていった。
計算は、追うことが出来なかった。

「(imuさん・・・?)」

さっきのimuの行動は、どういう意図なのだろうか。
なんだか、敵ではないようなふるまいだった。

協会が敵ってだけでも色々思考が必要だってのに、もう訳が分からない。


頬を、一粒の雫が掠めていった。
周りの屋根が少しずつ音を立て始める。

「雨か・・・」







「雨か」

会議を終え、会議場から出たcoco_Aがつぶやく。

「気付かなかった」

隣のSaizenが言う。

「白熱していたってことですかね」

「まあ、そうだな。だが、だいぶスムーズに進んだんじゃないか」

「Saizenさんのおかげですよ」

Saizenは、会議で積極的に発案してくれた。
彼の提案が基本線となり、それにに沿う形で進めることが出来たので、進行は楽だった。

「まあ、問題は明日からということになっただけだ」

結局、基本は静観ということになった。
相手の出方をもう少し窺った方が的確な対応が出来るだろう、という理由だ。


「じゃあ、俺は失礼する」

Saizenがそう言い、別れる。自室に向かうのだろう。

「coco_A、お疲れ」

背後から声をかけられる。

「RYOさん。どうもです」

「しかし、流石に大事ってことなんだろうな。
今日は皆、随分感じが違ったぜ」

「そうでしたか?」

RYOの感想は少し意外だ。自分は特にそうは感じなかった。

「ああ。まあ、coco_Aはそんなんでもないかもしれなけど・・・
Saizenとかな」

「Saizenさんですか・・・でも相変わらず的確な提案をしてくれましたよ」

「でも、普段はもう少し回りの様子を見てから発言する。
あいつも、色々気負ってるのかもしれない」

「なるほど・・・」

確かに、それだけ大事なのだろう。
JEB創立以来最大、といっても過言でない気がする。

「ああ、あとcoco_A。会議では言わなかったんだが」

RYOの声を少し小さくして言う。

「協会が強行手段に出る可能性も論じられたけど、協会員のスピナーだけじゃ力不足だ。
万一そうくるとすれば、JEB内から敵が出ると思う」

coco_Aは内心どきりとする。
RYOには、まだayatori・outsiderのことは話していない。

「気をつけたほうがいいな。広く言える事じゃないが」

一瞬RYOにも話そうかと思ったが、とりあえずこれ以上は話を広げないということになっている。
伝えるにしても、Saizenその他に相談してからだ。

「そうですね・・・気をつけておきます」

RYOは満足げにうなずくと、去っていった。

「・・・、とりあえず明日からも頑張らないと」

雨がまだ降る空を見る。
当然、星は見えず、真っ暗だ。

長く降り続きそうだ、とcoco_Aは思った。




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