投下するスレ2 01









引き出しを開ける。十数本のペンが中にある。
そのうちの1本を手に取る。

無改造のG-3。ちらりと、ボディの印字を確認する。
「JapEn4th」と、書かれている。

ペンを構え、弾く。

美しい円軌道を描き、親指の周りを回って、しっかりと手の中に納まる。

ノーマル。ペン回しにおいて、フェイクトソニックと並んで最も知名度の高く、基本となる技。

だから、これが、この世界を支えている、と言っても過言ではない。
なぜか?
それは、ペンを回して魔力を生み、それを用いて魔術を使う者達、ペンスピナーが、この世界を支えているから、である。



さて、先ほどのノーマルに伴い、宙にふわりと長方形の何かが生じた。

黒い紙のようにも見えるが、違う。
手を伸ばせば分かるが、これに実体はなくて、単なる映像だ。
数秒の間の後、映像の再生が始まった。
始まるのは、言うまでも無く、JapEn4th―の模様を記した、映像作品である。


そもそもCVとは何なのか、という問いに対して、参加したことのない俺に、詳しい説明は出来ない。
なんでも束ねられた魔力がどうのこうのらしいが、スピナーが集まってわいわいやってるイメージしかない。

だが、とりあえず。
その副産物としてその旋転を記した映像が出来る、というのだけは知っている。

その映像に、少し手を加えたものが映像作品とされ、そのCVの記録として残される。
中には、それがCV本体だと思っている人さえいて、まぁなかなかのものだ。

今流れている映像は、その映像作品の、JapEn4thということになる。


とまあ、長々と流れている映像について説明をしたが、その映像がなんで流れてるのか。

それは、このペンの仕様である。

一応俺は旋転に心得があるのでノーマルをしたが、軽く振るだけでも映像が出るようになっている。
この仕様のおかげで・・・いや、まぁ、今は良いだろう。

えー、これは、今回JapEn4thを主催したcoco_Aさんが発案して作られた、どこでもJapEn4thが見れるペンである。
実際の製造の中心にあたった337さんが血反吐を吐いたおかげでかなりの数生産され、そこら中で見ることが出来る。
公開から3ヶ月以上経つ今では、こうして実際に使われることは少ないだろうけど。


OPが終わり、旋転が始まる。
先鋒は、coco_Aさん。
管理人としての仕事、JapEn4th主催者としての仕事。
かなり多くの業務をこなしていたはずだが、旋転の方もどんどん上手くなっている。
一体、いつ練習しているというのだろうか。

coco_Aさんの後も。
総合管理人として箔がついてきたように感じるSEVENさん、
相変わらず独創性にあふれまくりのCoulombさん、と旋転は続いてく。

審査制であった今作のJapEn。
安定して高いレベルの旋転、また新顔が多いことも特徴と言える。

良作だ。間違いなく。


トリを務めたkUzuさんの旋転が始まった。
尋常でない複雑さ、難易度、その中で滑らかさ・キレは失っていない。
最後まで目を離させない、見事な旋転。

このJapEnを締めるにふさわしい見事な旋転だ。
文句のつけようのない。

映像はEDに入っていく。
何度見ても、見事なCVだと思う。

だが。

「なんか、足りねーな・・・」

そんな声が思わず口から出てしまう。


そう、足りない。
良作だが、何かが足りないように、俺には思える。

一体、何なんだろう。


―春の訪れまで、まだもう少しあるこの日。
旋転が支配するこの世界で、彼は1人、旋転に思いを馳せていた。











いつもと同じように、品のあるフォーマルな服装に身を包み、淡々と、確実かつ素早く書類に目を通していく。
まだ若い身ながら、その仕事ぶりは見事である。

手を止めて、肘をついて考え込み、

「なるほど・・・」

と、独り言を漏らす。


ここは、JEBの王宮内の一室。
管理人達の中心として知られるcoco_Aの仕事部屋、執務室である。

ちらりとcoco_Aが部屋の時計を確認する。
時刻は午後、3時を回った辺り。

「よし」

そう言うと、coco_Aは休憩を取るために席を立った。

窓を見ると、日光が暖かく注がれている。ずいぶん良い天気だ。
日の当たるところでお茶でも飲もうかな・・・。

そう思い、ドアを開けて廊下を歩いていく。

1人で、というのも味気ないので、誰か誘おう。

今日は、誰がいたかな・・・。

とりあえず、事実上ここに住んでる大臣なら毎日いることにはいるけど、誘いに乗ってくれるかどうかは分からない。


「あ」

「ちわー、coco_Aさーん」

階段で、toroさんと会う。

「どうも。今から外で休憩しようと思ったんですが、一緒にどうです?」

「あー、んーと、ありがたいんですが、ちょーっとこれから用事が。
 その、出かけなきゃならないんで」

「あ・・・」

しまった。そう言えば、そうだった。

「その、大丈夫ですか・・・?」

「いやいやー、僕は軽いすから。ちょっと除きに行く程度なんで」

そう言って、toroさんは笑顔を見せて、

「ではー」

と、手を振って階段を降りていく。

toroさんを見送り、廊下を歩き出す。
なかなか、暇そうな人が見当たらない。

仕方ない、大臣にでも声かけてみようか・・・。

そう思い、情報室に足を向けようとすると。

「ん・・・」

ポケットに振動を感じる。
すぐさま、その正体の小さなカードを取り出す。

これは、今年になってすぐあたりに、JEBに登録しているスピナー全員に配られたものだ。

以前あった、ある騒動の反省を受けてである。

これを用いると、相手がJEB国内にいれば、文章の送受信が出来るようになっている。
どちらにもペン回しから生まれる魔力を用いている、というのは言うまでも無いだろう。

この送受信される文章は、PMと呼ばれ、スピナー同士のコミュニケーションにはよく用いられるようになった。

カードを見る。
そこに表示されているメッセージの送信者には、見覚えが無い。

「・・・何だろ?」

内容を読んでいくcoco_A。
次第に、その表情は曇っていく。

「…参ったな」

文面を一通り読み終わったcoco_Aは、急いだ足取りで歩きだした。

向かう先は、情報室。
ただし、要件は、ついさっきまで考えていた、穏やかなものではなかった。


「大臣!」

coco_Aはドアを開けて、337に呼びかける。
337は、ソファーの上で寝息を立てていた。

すぐさまcoco_Aは駆け寄り、337を揺すって起こそうとする。
「大臣、起きてください」

「…」

大臣がうっすらと目を開けた。
最初は宙をぼけーっと見つめていたが、数秒後、自分のほっぺを、自分で思い切り叩いた。

「よし、OK。起きた。で、何の用?」

「北町の5丁目、もしくはその周辺に今居るスピナーを調べて下さい」

「了解」

すぐさま337は作業に取りかかる。
何やらごちゃごちゃした器具をいじりながら、337がcoco_Aに聞く。

「何かあった?」

「ええ…ちょっと、スピナー同士の小競り合いが」

「…なるほどね」
337は一拍置いて、

「流行りのザコテさん、か」

「恐らく。…大臣、その言い方は止めてください」

「ごめん。僕としては、ネタ的な意味の言い方だとも思うんだけど…。
 やっぱり当の本人達は気にするかな」

「私もはっきりは言い切れませんが…出来るだけ丁重に扱ってやってください。
 彼らも、被害者なんですから」

「分かった。
 …お」

337が声を漏らしたあと、coco_Aに顔を向ける。

「ラッキーだね、ここあ。丁度SEVENがそばにいる」

その言葉に、coco_Aは安心した表情になる。

「そうですか。では、連絡お願いします」

「オーケー」

337が器具を動かし、SEVENと通信での会話を始めた。











JEBは、大まかに見て円形の国土をしており、その国土は一部を除いて4つの町に分けられる。
丁度、円を×印で分けた形になっており、それぞれ東町・西町・南町・北町となっている。
その×印の中心にそびえているのは、王宮。
王宮近くのいくつかの地区は、どの町にも属さず、たとえば裏町などとそれぞれ名前が付いている。

今、俺が歩いているのは、そのうちの北町。

自室でJapEnを見たりしながら考え事をしていたが、今日は天気が良い。
頭からカビでも生えてくるといけないので、とりあえず外を歩くことにした。
が、平日の昼間っからぼけーっと歩いているの人は、あまり多くない。
ただでさえ、他と比べて人が少ないといわれる北町だし。

さて、何をしようか。

思案しながらしばらく歩いていると、ちょっとした人だかりを見つける。

大通りから1本逸れた、あまり大きくない通りだ。
人が少ない光景ばかりだったので、かなり賑やかなように見える。
何だろう?

人ごみの間を縫って、人に囲まれているものを見ようとする。
そこまで熱狂的に見入っている感じではなく、簡単に人は掻き分けることができた。

途中で聞こえてきた会話から察するに、中で喧嘩をしているらしい。
別にそんなに人が集まることでもないような気もするが、暇が潰せれば、俺はなんでもいい。

一番前に到達する。
2人の若い男が対峙している。
なるほど、確かに喧嘩のようだ。両者、中々怖い目つきでにらみ合っている。

さて、どうなるかな…と思ったとき。

あるものが目に入った。
2人、そろって右手に持っている。
それは、まぎれもなく、ペンだった。

「は?」

思わず小さく声を漏らしてしまう。
両方、色や細かい改造は異なるようだが、RSVP。

明らかに、スピナーだ。

そんな馬鹿な?

呆然とする俺を、2人は待ってくれるはずもなく、奥に見える方が動いた。

コンボ。特別な技は含まれていない、オーソドックスなコンボ。
数個の火球が飛ぶ。
手前にいる奴が、同じくペンを回して対応する。

…馬鹿、すぎるだろ。

町が消し飛ぶような、無茶苦茶な技を放ったわけでもない。
はたから見る分には、たいしたことなさそうにも見える。
それぞれの挙動から、戦闘という行動自体にもあまり慣れていなさそうだ。

だが、いや、むしろだからこそ。周囲の人達は今、明らかに危険である。

何かアトラクションでも見ているつもりなのかもしれないが、一発当たったら、大変なことになる。
さっきの小さな火球でも、無防備に受けたら、結構な重傷を負うだろう。

こういうものの危険性は、どんなに注意したって、実際に使わなければ分からない。
だから、魔力による危険は、それを扱うスピナー本人がよく知り、気をつけなくてはならない。

その、スピナーとして、自覚その他に明らかに欠ける行為に、俺は呆然としていた。


そういえば、聞いたことがあるな。
どうも最近、マナーに欠けるスピナーが多いらしい。

適当に聞き流していたが、まさかこんな状況になっているとはね。

予想外だ。正直言って。

…両者、名前も顔も知らないが、とても見逃していい状況じゃねえな。
止めないと。
ポケットをまさぐる。


その時。
2人の間に、高速で割って入った存在があった。


本当に、高速だった。とても、目では追い切れないほど。

そこにいた人物。
今日は仕事ではなかったのだろうか、明るい色が目立つカジュアルな服装である。
まだ若さが目立つその顔は、今や誰でも知っているものだ。

SEVEN。現在、JEBのトップに立っている者である。


突然の総合管理人の来襲に、2人はあっけにとられている。

SEVENは、2人にそれぞれ1度ずつ、視線を送る。
研ぎ澄まされた、鋭い視線だ。

その気迫に一瞬怯んだ2人だったが、このままじゃまずいことを察知したのだろう。
2人同時に、SEVENに向け攻撃を放った。

火球。バクアラを用いたベーシックな攻撃である。

唸りをあげて挟み撃ちをしかける2つの火球。

しかし、SEVENに到達する直前。
火球は、前触れなしに、音さえ立てず、消えた。

正確には、SEVENが消したのだ。
周りへの被害を防ぐためだろう、わずかな魔力の欠片の飛散さえ許さず、一瞬で消し去ったのである。
音さえ出ないほどに。

スピナーじゃなきゃ分からないだろうが、
SEVENの実力がこれだけでありありとわかる。見事だ。


その後、SEVENは、やぶれかぶれに撃たれた攻撃を3発ほど同じく防御して、
2人に、軽く一撃ずつ、お見舞いした。

その軽い一撃により、1人は弾き飛ばされて、もう1人も利き手をしっかりと封じられてしまう。

鮮やか。
SEVENが、ふぅとため息を1つついたとき、観衆から思わず拍手が起こった。

そこで、半ば呆然としていた吹き飛ばされ倒れていた若者が、
小さく悲鳴をあげつつ逃げ出そうとする。

しかし、その前方に現れたもう1つの影が、行く手を阻む。

「残念だな」

まったく同じ容姿。
SEVENが、もう1人。

先ほどから戦闘をしていたのは、SEVENの得意技・裏影による分身だったようだ。
分身、かつ1対2であれだけ余裕とは、流石というかなんというか。

2人を魔力で両手を封じて、座らせる。

SEVENは、2人を見下ろして、詰問を始める。

「何をしてた?」
「……ちょっと、カッとなった、と、いうか…」

当然かもしれないが、歯切れの悪い回答しか出てこない。

「自分達のしたことの愚かさ、理解してるか?
 いや、理解してたら、やらないか」

普段は比較的丁寧な口調をすることが多いSEVENだが、今はずいぶん厳しい口調だ。
当然と言えば、当然だろう。

「厳罰を課す、謹んで受けるように…分かったか」

2人はうなだれている。

「うぃーす、やってるねーっと」

そんな重い雰囲気を裂いて、1人の背の小さい男が近づいてくる。
かなり髪は短く切られている。背丈と合わせ、なんだか子供っぽいような印象を受ける。


ORE。
比較的最近管理人に加わった男だ。
その風貌に似合わず、coco_Aさんに次いで多くの仕事をこなしている有能な人物である。

「この2人、よろしく」

「OK。おいおめーら、覚悟しとけよ!」

どうやら、厳罰の担当はOREらしい。

とりあえず、場は収まったようだ。
けが人もなく、良かった、と言っていいだろう。

人ごみも、だんだん散っていく。
俺も行くか、と思った時。

「まったく、いい迷惑だぜ」

右隣にいた、おっさんが声を上げた。

「しっかりザコテはしつけとかなきゃ、困るぜー、SEVEN」

やけに馴れ馴れしく、また批判的な態度。
空気が、ピシッと凍ったのが分かった。

「そうだぜ、何やってんだか」

今度は自分の左側にいた男が、嘲笑を孕んだ声で言う。

SEVENが鋭い目線をこちらに向けてくる。
…なんだか、対象に俺も入っている気がするんだけど。

「…一体誰ですか、貴方達」

SEVENが問う。
2人は、答えない。

だが、SEVENの表情が、すっと変わった。

一体なんだ?と思い、2人の顔を窺う。
そこで、この2人は、答えていない訳ではなかったことが分かった。

2人の顔が、風が吹いたときの水面のように、波打って、揺れている。

そのニヤニヤした表情が、映像であることの証明として。
そして、SEVENの問いへの答えとして。わざとそうしていたのであった。

SEVENはそれを見て、

「…匿名がこんなところで何をしている」

さらに表情を険しくして、訊いた。

「別に。それよりさ、なんで突然スピナー増やす政策なんてしたんだ?
 まったく、ウマコテどもはなーんもわかってねーな」

「…何だと…」

SEVENが、詰め寄ってくる。

「顔も出せない野郎が、事情も知らず何偉そうに…」

「SEVEN!」

OREが大声をあげてSEVENを制する。

「やめとこう。ほら」

OREの声に、しかたないといった表情をしたあと後ろを振り向き、ORE達の方へ向かう。
鋭い目線を1度こちらに送り、そして去っていく。



それを見届け、人込みは完全に散っていった。

同じく、両脇の2人もそれぞれ帰ろうとする。


だが、見過ごすわけにはいかなかった。

「おい、お前ら」

「ん?」

振り返る2人。

「アホな真似すんじゃねーよ、恥さらしが」

思ったより低く、ドスのきいた声が出て、自分でも少し驚く。
まぁ、無理もないな。俺は今、凄く怒ってるんだから。

「…てめえ、何者だ」

そんな問いが返ってくる。


それに対して、口から滑り出たのは、普段使っている、「名前」だった。

「90」

この答えに、2人はピクリと反応する。

「てめーらと同じ、匿名だ」




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