投下するスレ2 02

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最初、この町―いや、正確にはこの町のモデルとなった町、なのだが。
とにかく。
この類の町を最初に見たとき。
俺の頭には、灰色というワードが浮かんだ。

その後、町に頻繁に出入りするようになって。
確かにこの町は灰色であった。
一様な町並みは、確かに文字通り灰色っぽいが、そういう意味ではなく。
町の本質が、いろいろなものが混じりあって、お世辞にもきれいとは言えない、灰色のようであったのだ。
だけれど、その当時は、灰色なのに、光っていた。
そう、綺麗ではなくとも。
中に、どこか熱い空気があって、鈍くも鋭い、奇妙な輝きをもっていた。

そのことが分かったとき、俺はこの町が好きになったのであった。

それから。
町も変わって、場所も2度ほど移り、町は、輝く灰色から、ただの灰色へとなっていった。

それでも、この町から離れられないのは、俺の執着心なのだろうか。
まだ、輝いていた頃を夢見ているのだろうか。
それとも、単に他のところに行こうという気概がないからなのだろうか。

誰にもわからないだろう。本人がわからないんだから。

とりあえず、事実として、俺が毎日、暗くなってきたら、ここに足を運んでいるというのは確かなのである。


街の入り口。
木製の看板に、文字が刻まれている。
ずいぶん前に書かれたもので、何と書いてあるか読むのは、楽じゃない。
いまさら確認する奴はほとんどいないだろうから、それでも構わないのだろう。

まぁ、しっかりと明かりを照らしてよーく目を凝らしたなら。
「したらば」という文字が読み取れるはずだ。

現状、JEBで最大の「匿名の地」である。








匿名の地。おそらく最も古い存在である文具板、その後を継ぐ形で現れた曲芸板、
そしてその衰退に伴い発達したしたらば、の3つが代表とされる。

初代の文具板は、まだ国としての体制が完全に成立していなかった頃。
名をもたないスピナー達の溜まり場という形で誕生する。

そこでは、名前を持たないスピナーは、便宜的に、名前の代わりとして適当に決めた1〜1000の数を用いていた。
その後、JEBが生まれ、そこにスピナーが登録を行うようになってから、名前を持たないスピナーはほとんどいなくなっていく。
しかし、文具板では、依然ほとんどの者が名を名乗らず、番号を用いていた。
また、特定されないために、顔・声などを魔力で変えるようにもなっていく。

スピナー達の中で上級者となると、単純な武力、周りからの尊敬や畏怖等、あらゆる面で他より優位になる。
良くも悪くも、旋転が全てを決めてしまうという面があるのである。

そのため、旋転の実力を明かさずに議論を交わすことができる場というものは、重宝される。

もちろん、匿名という環境は、単なる愚痴や悪意ある流言の温床となるなど、良い面ばかりではない。

しかし、逆にそのような利用法をする人間にも支えられる形で、匿名の地は勢力を広げていき、
顔を隠す、声を変えるといった匿名性が守られる仕組みも生まれることとなったのである。

その後、紆余曲折があって場所も移動したが、システム自体は変化していない。
町としての性質は、変化していると言えるけれど。







入って、少しの間まっすぐ進んだ左側にある、一軒の店。
この地区は、ほとんどの建物が飲食店となっているが、その中で一番大きな店だ。

人からは本スレと呼ばれている。

俺の行きつけの店、というやつである。


中に入り、適当なカウンター席に腰掛け、これまた適当に注文をする。

注文を終えると、待ち構えていたように、隣に座っていた男が声をかけてきた。

「あんた、名前は?」

そんな問いに、少し笑ってしまった。

「ああ、ごめん…ここ、ずいぶん久しぶりなもんで」

少し恥ずかしそうに答える男。

「気にするな。それに、名前のようなものがないわけじゃないしな。
 俺は90。お前は?」

「あー。俺は、確か…128だ」

「128な。分かった。
 ここには、あんまり来ないのか?」

「うん、本当にたまにしか来ない。
 今回は特に間が空いちゃってね…ぎこちなくてごめんな」

「いやいや。それくらいがちょうどいいと思うぜ。
 俺みたいに毎日通ってたら、ろくなことにならねえよ。
 特に最近は、な」

「…やっぱ、そうなの?」

男が、眉をひそめて聞いてきた。
ひとつ頷いて、話を続ける

「最近、ろくでもないやつが、ここにも増えてきてる。
 今日も、とんでもない奴がいて、しばいてきたとこだ」

昼間の2人組を思い出す。
顔を晒させはしなかったが、本当はそうしたかったぐらいだ。
あんな場面で、あんなことを言うとは、なんとも幼稚な行為だ。

何より、したらばの外で「匿名」をやるなど、とんでもなくアホな行為だ。

かいつまんでその話をすると、128は眉をひそめる。

「匿名の質も、ずいぶん落ちてきているんだな…」

「そう思う。
 あー、そういえば、聞きたいことがあるんだが」

「何?」

質問とは、昼間から気になっていたことだ。

「今話した糞匿名が言ってたんだが、スピナーを増やす政策、って知ってるか?」

SEVENにつっかかったときに、そんなことを言っていた。
今思えば、SEVENの反応も少し過剰だった気もするし、気になる話だ。

「あー…言っていいのか分かんないけど…」

「俺も、広めるつもりはない。
 まぁ、匿名を信用しろ、っていうのが無茶な話だが」

「…いや、貴方は大丈夫そうだね。
 去年の秋から冬にかけてかな、かなりの数のスピナーが新しく登録されてるの、知ってた?」

「へぇ…」

「この新スピナー、全員実力のレベルとかが、かなり似てる。
 特別うまい、ってわけではないんだけど…ある程度の旋転は全員できてる。
 で、これは管理人勢の主導によるスピナーの増員ということらしい」

「なるほど、ね…辻褄は合うが、変な話だな」
突然スピナーを増やしたなら、最近マナーに欠けるスピナーが多い、というのも頷ける。

今までもそういうスピナーは、数は多くなくともいることにいて、
そのほとんどがスピナーになりたての輩であった。

実力はたいしたことはなく、そもそも新しくスピナーになれる者はそんなに多くはない。
だから、そこまで問題になることはあまりなかったのである。

そして、一気に新参の層が増えたということなら、この問題も十分にありえる話だ。
新参への教育というか、そういうのも行き届きにくくなるだろうし。

しかし、そんなことを行った管理人達の狙いが分からない。
ちょっと考えれば、こういう状況になると分かるはずなのだが。

「そこなんだけど。
 ちょっと、思い当たる点が、少しある」

「ほー」

目の前の男の表情が、少し変わった気がした
結構シリアスな話をしてきたが、さらに真剣な表情になったように思える。

「聞かせてくれ」

「うん…どう言ったらいいのか分かんないが…
 最近、どうも活動が少なくなってる、スピナーが多いと思わないか?」

「…計算とか、あやとりとか、か」

昼見た、JapEnを思い出しながら、言う。

「うん。
 それぞれ理由がある訳だけど…。
 とにかく、世代が変わってく感じはある気がする。
 そこで、管理人達が危機感を覚えたんじゃないかな。
 実際、わるとなのようなことが起こっているし」

わるとな、とはワールドトーナメントの略称である。
各国の代表が、1対1でのトーナメント形式で旋転の技術を競い合う大会。
今年の大会は現在執り行われている最中だが、既にJEB勢は全員が敗退してしまっている。

「なるほど…確かに、わるとなは、メンバーがいまいちだったな。
 上級コテに、ああいう表舞台に立ちたがらない連中が増えているのは事実だな。
 で、JEBの未来を憂いて、将来のためにスピナーを増やした、と」

128は、頷いて同意する。

「あくまで俺の仮説だし、確認することも出来ないから、これ以上はどう議論しようもないけど」

「そうだな。だが、一応筋は通ってる気はする。
 確かに、最近の旋転界は、どうもぐっと来るものが足りないと感じてた。
 ウマコテ達の休止が、それにかなり影響してると思ってる」

「そうかもしれないね」

「…去年のJapEnとかも、その典型かな」

「典型?」

「これはあくまで俺の主観だけどな。
 もう1本、こう、何かが欲しかった気がするんだよな。
 多分、そういう存在が、1stとそれ以降を分けてる気がする。
 今回、あやとりや計算がその『何か』になることを期待してたんだがな…」

「なるほど、ね。
 …話を少し変えるけど、今年のJapEn、誰が一番良かった?」

少し意外な質問が来る。
しかし、答えは間髪入れずに口から滑り出た。
そんなの、決まってるからな。

「kUzu」

この答えに、相手は少し意外そうな顔を見せた。

「そうか…JapEnのkUzuがあまり好きじゃないのかと思ってたんだけど」

「ん、どうしてだ?」

「ayatoriや計算が必要だった、って言ってたじゃんか。
 今年の面子から考えれば、kUzuがそれの代役というか、一番近い存在にあたる、と思って」

「いや、今年のkUzuの回しに文句はつけれねえだろ。
 ありゃー完璧だったぜ」

「確かに、難易度とか、尋常じゃなかった」

「難易度も、そうだが。
 …俺、思うんだけどさ。
 その旋転が、どう凄いのか、どう美しいのか、なんて議論は無駄だと思うんだ」

言いながら、俺酔ってるのかな、と思った。
若干気持ち悪いことを言ってる気がしたからだ。

しかし、128は静かに俺の言葉を聞いてくれている。

「難易度によってだろうが、滑らかさとか美しさによってだろうが、どうでも良いっつーか。
 それ見て、いかに心が動いたか。
 物差しなんて、必要ねーんじゃねーだろ。
 なんだろうが、やべーって思わせりゃ、旋転は勝ちだ。
 魔力の強さとかも、そう言う風に決まってる気がする、んだけどな」

最後の方は、ちょっと声が小さくなった。

「あー。悪い。何語っちゃってんだろうな、俺」

頭をかく。
しかし、相手は真剣な目のままだ。

「いや…良い価値観を持ってると思う」

「…そうか、ありがとう」

その後、なんとなく沈黙が訪れる。
雰囲気を自分が重くしてしまった気がして、話題を自分で切り出すことにする。

「ま、kUzuが一番、ってのは鉄板として。
 次点は誰だと思うよ?」

「んー…SEVEN、とか…」

「成程な。俺は、地味にdAmi-を推したいんだが」

「ええ?それはどうだろ…」

その後、JapEn4thの各スピナーについて、話が弾む。





しばらく話をした後。相手の男がすっと席を立った。

「そろそろ帰るよ、俺」

「ん、そうか」

「したらばで、あんたみたいな人に会えて良かった。
 旋転の腕も、立つんでしょ?」

「…ま、特定ネタはご法度ってことで」

「そうだね、悪い。
 じゃ、今日はほんとにありがとう。」

男が店長を呼んで代金を払う。

「あ、ちょっと待った」

「ん?」

「あ…いや、なんでもない。悪い」

「そっか。じゃ、今日はありがとうな」

「おう」

手を振って別れる。
そういえば、酔っている仕草見せなかったな。
そこそこ飲んではいたと思うから、酒に強い奴らしい。

「…ふぅ」

結構真面目な話をしたな。
最近のしたらばじゃ、結構珍しい話だ。


…しかし、危なかった。
直前に自分で言ったことを早速破るところだった。

呼び止めたのは、あることを聞きたい、と思ったからだ。
まぁ、他愛のないようなことである。

普通の男とは微妙に仕草とか話し方が違った気がして、思わず聞きそうになってしまった。
さて。若干早いが、俺も帰ることにしようか。

今日みたいな奴と話が出来るならここも捨てたもんじゃないな、と思ったが、
たまにしか来ないらしいから、期待しないでおこう。

多分、たまにしか来ないからこそ、まともな話が出来たんだろう。
ここの空気は、どこか人を毒すものがある気がするからな。


金を払って店の外に出て、ひとつ伸びをする。

まぁ、なんだ。
とりあえず、今の俺、結構気分がいい。

空を見上げる。
月は雲に隠れて見えなく、綺麗な月夜とは残念ながら言えない。
だが、俺にはそれくらいで丁度なのかもしれないな、と思った。
ずっと、匿名として過ごしてきた俺には。

夜は、更けていく。





朝は曇っていたが、今はすっかり青空が広がり、昨日と同じように晴れやかな陽気になっている。

そんな日の、それも真昼間なので、正直こんなところにいるのは気が進まないのだが、
人にここでの会話を聞かれる訳にはいかないので、ここが一番適しているのだからしょうがない。

地下の、資料室に併設された、無機質な部屋。
机と、椅子が4つある以外は、何もなく、人は間違いなくここには来ない。
存在を知っている人も多くないだろう。

そんな部屋が何に使われるかというと、極秘な話をするときなどに重宝されるのである。
今日の名目はというと…まぁ難しいが、事情聴取とか、その辺に近いかな。
今では、毎週の恒例行事となっているものだ。

普段は自分1人で行うが、今日はやってもらわなくてはならないことがあるので、nekuraさんにも来てもらっている。

「coco_Aさん、今何時です?」

nekuraさんが聞いてくる。
相変わらずの、低く細い声である。
服装もいつもどおりの地味な物で、失礼だとは思うが、この部屋の雰囲気に合っているように思った。

「えーと、10時50分。あと10分ですね。そろそろ来るかと」

「そうですね。
 時間とかは守る人ですから」

その後は、沈黙。
どうも、部屋の雰囲気からか、世間話はし辛い感じだ。

なんともいえない感覚のまま座っていると、きっかり5分前に、ドアが開く。

「失礼する」

入室してきたのは、長髪がトレードマークの男。
Saizenだ。

去年の秋になる。
JEBで、少し大きな事件があった。
ayatoriや協会などがJEBの敵に回る形となり、戦闘もかなりあった。
なんとか事態は収拾され、その黒幕と判明したのは、今目の前にいる、Saizenであった。

混乱を避けるためにその事実は公表されなかったが、
Saizenは当然として厳罰に処されて、ひと月ほど独房に入っていた。

現在は身柄こそ釈放されているが、制限が課せられている。

1つは、週1度の出頭。今日のこの会合が、それに当たる。

そしてもう1つは、旋転の制限。
現在、彼の左手とペンには、特殊な魔術による制限が課せられている。

ある程度の魔術なら使えるが、本気の魔力は用いることは出来ない状態になっている。

一般人が不自然に感じないよう、また旋転界の発展等も考えて、CVへの参加も許可している。
その際は、監視は置くが、旋転の制限も外している。
JapEnの際も、見事な旋転を披露してくれ、
逆になぜこの人が、と思わずにはいられなかったことを思い出す。

「どうも。特に変わりは無かったですか?」

「…ああ」

「まあ、そうでしょうね。今更どうということもないでしょう。
 さて、じゃあ今日がまた区切りになりますので…nekuraさん、お願いします」

nekuraさんが頷き、ペンを回し始める。

Saizenの旋転の制限は、定期的に緩めている。
いきなり解放するわけにはいかないが、その腕がJEBにとって価値あるものである事も、事実なのである。

この旋転を制限する魔術は特殊なもので、nekuraさんはそれが可能な数少ない人物である。

nekuraさんが作業をしている間、少し話をしてみることにする。

「昨日、またマナーの悪いスピナーが出ましてね…。
 対処に行ったSEVENに、少し愚痴を言われてしまいました」

「…どう反応すればいいのか分からんな」

Saizenが無表情のまま答える。

昨年の事件の際、Saizen達によって多数の急造スピナーが育成された。
彼らの処分については、随分議論がされたのだが、
最終的には他のスピナーと同じように扱っていく、ということになった。

これは、彼らに罪を被せることは出来ない、という意見からの結論である。

OREが中心となって、彼らにはスピナーとしての教育が施された。
しかし、十分なものが施せたのか、と言えば疑問を持たずにはいられない。

初めはうまく溶け込んでくれたように思われたが、
しばらく経ってからやはり問題が多く噴出してきた。

それぞれひとつひとつ対処しているが、マナー違反はやはり多い。

そんな彼らには、どこからか、「ザコテ」という蔑称まで生まれてしまった。

決して好ましい状況ではない。
しかし、どこに責任があるのかといえば、難しい。
だから、一筋縄ではいかないのである。

「…そろそろ、理由を教えてくれてもいいんじゃないですか」

作業中のnekuraが、ぽつりと言う。

「…何度も言っているが、俺は計算とあやとりが気に食わなかった。
 2人を嵌めて、かつ俺が一番上に立てる方向に考えただけだ」

Saizenが、顔色を変えずに言う。
幾度となく動機を聞いてきたが、毎回まったく同じ返事しか返ってこない。

nekuraさんは納得できない表情だ。自分とて、まだ納得できない。

「ただ…」

ぽつりと、呟くSaizen。
前述の話に、何か付け加えるのは初めてであり、注目する。

「ayatoriはどうか、知らん。
 俺に乗せられてはいたが…あいつは、何か考えていたのかも、しれん」

Saizenは、どこか遠い目をしながら、そう言った。

「…ザコテ共の問題だが、俺に擦りければ楽だろう。
 適当に、俺が対処する言いわけでも考えてくれれば、俺が処分しても構わんが」

「そうはいきませんよ。
 このような結果になったの事に対し、私たちも少なからず責任を感じています」

「そうか、まぁ好きにしろ。
 しかし、あいつらもよくぞまあ従ってるものだ。
 俺やらお前らやらに、不平不満があるだろうに」

どこか他人事のようにしゃべるSaizen。
nekuraはただその姿を、見守っている。

「お前らも、あいつらがバラしたりしたら、いろいろ面倒だな。
 最初に、全部洗いざらい言ってしまえば良かったものを」

「そうはいきませんよ…私たちも、そして貴方も、両方が責任を背負っていかなくては、ならないんです」

coco_Aの言葉に、場はすっと静かになった。
その沈黙の中、nekuraが静かに、

「終わりました」

と言った。

Saizenはゆっくりと立ち上がり、失礼する、とだけ言い残して、部屋を出ていく。

その姿を、2人はただ見送った。



「…ん」

部屋の外に出たSaizenは、すぐ右手にある階段へと足を向けたが、
突然立ち止まり、後ろを振り返った。

視線をすっと鋭くし、資料がぎっしりと詰まった、本棚の列を見つめる。

「…」

しばらく、意識を集中させた後、左手がペンを動かし始めた。
Saizenの魔術が、資料室の中を探っていく。
制限されていたために十分なものではなかったが、何か発見があったようで、

「…ほぅ」

と、声を漏らした。その後、

「まぁ、俺には関係のない話だな」

そう、どこかわざとらしく呟いた後、Saizenは階段を上がっていった。




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