投下するスレ2 10

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メッセ街。

JEBの近くにある、大きな商店街のこととである。
若者向けの商店が立ち並び、いつも賑わっている。
また、スピナーご用達とも知られ、スピナー専用の店もある、らしい。

そのメッセ街の端にある店の前が集合場所であった。

昼下がり。穏やかな日差しが降り注いでいる。


他にも連れてくる、って言ってたけど、誰が来るんだろう。
リアさんの知り合いだし、有名コテの可能性が高いと思うし、楽しみだ。

「あ」

「ん」

最初に来たのは、raimoだった。

「お前、匿名っていう人だよな」

「はい。あの、今日…」

「あー、そうだよ。姉御に言われて来た。
 ったく、めんどくせー…」

raimoがめんどくさそうに頭を掻く。

「なんかすいませんね」

「いや、別にいいけどさ。
 てか、歳同じなんだろ?敬語使うなよ、気持ち悪い」

「ん、そっか…あ、じゃあ呼び方もraimoでいい?」

「…初対面で呼び捨てにした奴が、わざわざ聞くなよ」

「分かった。じゃあraimoで。
 俺の名前は…」

「EiH1だろ。聞いてる」

「あ、そう…」

沈黙。
その雰囲気を裂くようにして、1人の人が声をかけてきた。

「よ、raimo」

「enotさん。どうも」

enot。
見た目・声・ともに落ち着いた雰囲気で、とても大人っぽい人である。
実際、俺より結構年上だから、「大人っぽい」というよりは「大人」なのであるが。

「そちらがEiH1君かな。
 RiAsONから話は聞いてるよ。どうぞよろしく。
 RiAsONなんだけどさ、今日、急用でこれなくなったらしいんだ。
 だから、俺とraimoで案内するよ」

「え、マジっすか?」

raimoが少し不満そうに言う。

「まぁ、しょうがないだろ。
 んーと、EiH1ってちょっと言いにくいな。あだ名みたいなのないのか?」

「あだ名…」

自分についたあだ名を思い浮かべる。
90、はちょっと違和感があるんだよな、やっぱり。

「OREには、えいさんって呼ばれることになりました。昨日の話ですが」

「そうか。じゃ、僕もエイ君、って呼ばせてもらおうかな。
 エイ君、メッセ街はスピナーならたくさん使うことになる場所なんだ。
 適当に店を選んで紹介するから、いくつか覚えて帰ってくれれば嬉しいな」

少し微笑みながら言うenotさん。
見た目通り、良い人のようだ。

「よろしくお願いします」

「うん、よろしく。
 raimo、最初はどこ行こうか」

「えー…」

raimoがぼりぼり頭を掻く。

「…まぁ、俺が一番使ってるので言えば、ペン屋っすかね」

「そうだな。まずはそこか。
 じゃ、ペンを売ってる所に案内するよ」

「おお、それは是非」

俺もスピナーだ。
ペンには目がない、というか、とりあえず一番気になる存在だ。

「よし、じゃあ行こう」

2人に従って、メッセ街の中を歩く。

その後、2人が立ち止ったのは、雑貨屋の前だった。

「ここが一番大きい店だ。
 ここ以外はマイナーな所ばっかで、普通はいかないと思う。
 ここさえ覚えておけば大丈夫だよ」

「え、でも、雑貨屋…」

「奥がペン屋になってんだよ」

raimoが教えてくれる。

enotさんが、店の中に入っていく。その後に従う。
店の一番奥に行くと、明らかに「関係者以外立ち入り禁止」の雰囲気がする扉を、躊躇なく開けた。

「すげぇ…」

そこには、ペンがとにかくいっぱいあった。

思ったよりも広い店内は、スペースを贅沢に使ってペンが置かれている。
一体この中に、ペンが何本あるんだろう。

「うわ、3000*Fだ、すっげー…初めて見た」

海外製の今は作られていない、貴重なペンである。
いくらするんだろう、と思って値段を探すが、見つからない。

「それは非売品だよ」

「あ、そうなんですか…残念。
 おー、こっちもいっぱい…凄いなー、ここ」

あちこち見て回る。
思わず大量のペンに興奮する。

「エイ君は、どんなペン使ってる?」

「俺はVPを。でも、普通の改造ですよ」

そう答えながら、RSVPがたくさん置いてあるところに目を向ける。
そこで、ふと気づく。

「あ、でも、ここって非改造のペンしか置いてないんですね」

今では、ペンは回しやすいように改造して使うのが普通になっている。
ここにあるのは、その改造の材料となる、改造されていないペンばかりだ。

「ペン屋、ってのはそういうものだよ。
 改造するのはスピナー自身がやることだからね」

「つーか、お前今までペンどこで手に入れてたんだよ?」

raimoが聞いてきたので、それに答える。

「買ったことはなかったんだ。
 もらったりとか、そういうのでやり過ごしてたから。
 こういう店があるとは聞いてたけど…凄いなー、ここ」

「ふーん…」

「ま、ゆっくり見てて。
 僕は、店長と少し話してくるよ」

「あ、はい」

店長か。奥の方でイスに座ってた、中年のおじさんがそうだろう。

「あの店長って、スピナー?」

近くにいるraimoに尋ねる。

「いや、あんなおっさんがスピナーの訳ないだろ」

まあ、確かに。そういう雰囲気ではないけど。

「あの人は、ペンを作る方の人だ。今は確か引退してるらしいが。
 だから旋転に関しては、詳しくねえな。
 ペンについてはかなり詳しいけど」

「ふーん…。
 お、何だこのペン…」

また気になるペンを見つけ、そこに寄って行く。
ほんといいなー、ここ。

時間をつぶすときもかなり有用な店だな、と思った。






喫茶店、SPSL。
カウンター席に座っているのは、ayshで、応対しているのはscissor's。

「…そういう訳で、ごめんなさい。その日は無理だわ」

「いえ、姫さんが多忙なのは知ってますから大丈夫ですよ」

そう言ってにっこりと笑うはさみに、ayshも微笑を返す。

「他に人は集まってるの?」

「そうですね。そんなに大人数にはならないと思いますが、
 いいメンバーが集まってる感じです」

「ふーん。
 そういえば、Saizenとも何か考えてるって聞いたけど?」

「…はい、一応。
 それはもう少し先になりそうな気がしますけど」

この少し後に、scissor'sはSaizenとの合作でCVを作り、
これが評判となるのだが、それはまた別な話。

「Saizenと、ね」

ayshが、少し憂いを持った目で、誰に向けるでもなく言う。
はさみは、何も答えずにカップを磨いている。

「…ごめんね、こっちから話に出しておいて。
 私も気にしないようにしたいんだけどね」

「いえ、大丈夫ですよ」

Saizenの顔を思い浮かべながら、ayshは言った。

数か月前の事件のあと。
管理人達の方針で、Saizen、さらにoutsiderは表舞台にも出続けている。

もともとクールであった彼らは、その態度・言動はそんなに変わっていない。
ayshから見れば、さらに考えていることを表に出さなくなった、という感じがあるが、
事件の真相を知らない人からすれば、前となんら変わらないように見えているはずだ。

「前と同じように、Saizenさんとは話をしたいな、とも私は思うんです。
 編集についての話をしていて、Saizenさんのセンスは本当に参考になるし。
 だけれど…ただ手放しに許す、というのが良いことではないというのも、分かってます」

「そうね…。みんな結局許してしまうのかもしれないけれどね。
 スピナーのお人好しっぷりは、折り紙つきだから…。
 それがどんな意味を持つかは、Saizen次第でしょうが」

「はい。Saizenさんがそれで改心してくれてるなら、それが一番ですからね」

はさみが、にっこりと笑う。

「…そうね」

はさみも本当に人がいい、とayshは思う。
Saizenが豹変し、ayatoriを貫く場面を目の当たりにしていて、さらに彼女自身も刃を向けられている。
それでもなお、今のような台詞が言えるのだから。

「はい、いらっしゃいませ。
 おぐねっくん、注文よろしくー」

「了解す」

バイトのOgnekが、指示を受けてかけていく。

入ってきた客に対して、はさみが向けた笑顔。
いわゆる営業スマイルではないだろう。
彼女の人の良さからくる心から笑顔だろうな、とayshは思った。

「喫茶店、向いてるわね」

「え?」

「いや、なんでもないわ」

ayshは、ゆっくりとカップを口によせて、紅茶を一口、味わうように飲んだ。






「さて…こんなもんかな」

スピナーご用達らしい服屋を出た後、enotさんが言った。

ペン屋は30分程で後にして、そのあといろいろな店を案内してもらった。
午後一杯かかった格好だが、メッセ街に関する印象がずいぶん変わった。

「メッセ街でスピナーが行くところ、って言うと、大体回ったと思うよ。
 raimo、他にどこかある?」

「いや。俺も他には思いつかないっすね」

「じゃ、メッセ街の案内はここまでかな」

「はい。どうもありがとうございました。
 参考になりましたし、楽しかったです」

頭を下げる。

「いや、大丈夫だよ。
 たまにはいつも行っている場所を案内する、というのも悪くないし。
 なぁ、raimo」

「…そーっすね」

「raimoもありがとう」

「ああ」

適当に返事をされる。ちょっとへこむが、気にしないことにする。
enotさんは苦笑いのような表情をしている。

「さて、と。
 僕はそろそろ帰ろうと思うけど、2人はどうする?」

「そうですねー。
 時間が時間ですから、俺もどっかで飯食ってから帰りますよ」

「ん、エイ君は一人暮らし?」

「はい」

「そうか。じゃあ、raimoと一緒に飯食っていったらどうかな?」

その言葉に、raimoは驚いたようにして答える。

「え・・・いや、俺は研究室で食いますので」

「ああ、そうか。なら、エイ君を食わせてやったらどうだ?」

「はい?」

「どうせraimoが作る訳じゃないんだろ。
 人数多い方が喜ぶんじゃないかな、彼は。
 それにエイ君、スピナーの研究室を見てみたいって言ってたしな。
 丁度いいじゃないか、うん」

raimoは何も言わない。というか、言い返せない、という感じである。

「どうだ?」

「…わーりましたよ。連れて来ますよ」

「え?いいの?」

「しょうがねーだろ、ったく」

頭をかくraimo。

「じゃあ、そういうことで。エイ君。
 raimoのとこのご飯は期待していいよ」

「はぁ…」




「…というか、研究室で飯?」

raimoの案内に従って、raimoの研究室に向かう途中。
質問をする。

「…俺は半分くらいは研究室に寝泊まりしてるから、料理道具とかも置いてある。
 残りの半分は実家暮らしだけど」

「へー。
 あとさ、飯をraimoが作らないって、どういう意味?」

enotさんがそんなことを言っていた。

「研究室、他の奴と共用なんだよ。
 そいつが作る」

そういえばそんな話を聞いたことある。
raimoと共用してる、ってのは…誰だったかな。
共用の研究室というのは珍しい話ではない、らしい。

「ここだ」

「おお…」

二階建てで、大きくはないが立派な建物がそこにはあった。
フォルムが普通の家とは異なるけど、構造自体にそう差はなさそうだ。

ドアをraimoが開ける。後に従って中に入る。

「おー…」

玄関から上がり、もう1つドアを開けた所にあったのは、大きな部屋であった。
1階分のスペースのほとんどを使っているらしいことが分かる。

物が少なく、ここが研究に使っている部屋だということが分かる。

「ただいま、Makin」

raimoが声をかけた相手は、ペンを回しながら何か本を見ていた。

あー。そう言えばそうだった。
彼がraimoさんと研究室を共有している相手、Makinさんである。

raimoの声に振り返ったMakinさんは、微笑を浮かべた。
その後、俺に目を向けると、すぐにraimoに目線を戻す。

「客だ。そろそろ飯だろ。こいつの分も頼む」

Makinはにっこりと笑って頷き、本を壁に備え付けられた棚に収める。
そして、階段を上がっていった。

Makinさんは物静かな人らしく、一言もしゃべりはしなかったが、
穏やかな顔立ち・表情をしていて、とにかく良い人そうなオーラが出ていた。

「1階が研究のスペース?」

「ああ。物は大体2階に置いてある。あとは俺が寝てる部屋と、
 台所に、リビングみたいなスペース、だな」

「なるほど…その辺見ていい?」

「ああ。上にいるから、適当に頃合見て来いよ」

raimoは階段を上がっていく。

どれ、では観察させてもらおう。


「…なるほど」 

とりあえず分かったことは、壁が特殊だ。
レンガ造りであることは普通の家屋と変わりないが、
厚手になっていて、魔力で何か細工もされているようだ。
何かの時のためにこういう壁になっているんだろうな。

次に、棚に置いてある本を手に取ってみる。

色々なコンボ、それと他のコンボの組み合わせなど。
ずいぶんと細かいことが、綺麗な文字で書いてある。

裏表紙にはMakinさんのサインがあった。

勝手に見たらまずかったかな。

「…しかし、本当に研究、って感じだなぁ」

この部屋の雰囲気といい、まさに研究所、という感じだ。

俺は、いままでこんな風にペン回しを研究したことはなかったな。
勿論ある程度、どう魅せるか、みたいなことを考えたりはしてるけど、
こんな風に文章にまとめたりした経験はない。

面白そうだな、こういうのも。

とにかく、この部屋は雰囲気がある。
ここでただ回してるだけでうまくなりそうだ。
そういう場を作る、っていうのも大事なことなんだろうな。

…ん。

良い匂いがしてきた。
上に行って、Makinさんの料理を御馳走になるとしようか。



「すげえ!」

上に上がってテーブルを見た俺は、思わず叫ぶ。

「Makin…また、お前は」

raimoの若干呆れたような声も気にせず、Makinはニコニコ笑っている。

机の上に並ぶ料理。
凄まじく豪華で、凄まじくおいしそうである。ついでに量も凄まじい。
この短時間で、ということは…。

「あのー…これ、どうやって…」

「あー、Makinは料理には一切魔力はつかわねーよ」

なんて人だ。絶対魔法使ったと思ったのに。

Makinがすっと両手を前に差し出して、召し上がれ、という意思表示をする。

「頂きまーす!」

「…いただきます」

一番手前の皿から、一口つける。

あ。
うまいわ。凄く。

「…凄いですね、Makinさん」

Makinさんはにっこり笑っている。

「こいつは、家事関係はなんでもかなりできる」

そう説明しながら、raimoのフォーク・スプーンも結構な速度で進んでいる。

「Makinさんも食べないんですか?」

「…うん、食べるよ」

細く優しい声がした。Makinさん、初めてしゃべったな。

「こいつは、自分の料理を食べてくれてる光景を見てるのが好きなんだ。
 だから、ちょっと経ってから食べ始める」

「ふーん…Makinさん人ができてますねー。
 raimoは料理とか苦手そうだし、研究室共用で良かったね」

「…んだと?」

「いや、でも実際…」

「…まぁ、出来ねーけど。
 なんかそう言われると腹立つな」

「まぁまぁ」

「ったく」

その後。
食事をしながらしばらく話をした。
美味しい食事のおかげで、話は随分弾んだ。
Makinが自分・raimoと同い年だ、ということも分かった。



「…って、じゃあこの研究室、
 もともとMakinのもので、そこにraimoが転がりこんできた訳?」

Makinがうなずく。

「raimo、Makinがいくら家事が出来るからって…」

「うるせえ。
 それ以外じゃいろいろ助けてるからいいだろ。
 それに俺以外も、いろんな奴が飯食いに来たりしてんだよ」

「ふーん…Makinも世話好きだね」

Makinは、苦笑いのような曖昧な表情をする。

「ん」

raimoがポケットからカードを取り出す。


「あー。そうだ。忘れてた。
 えい、お前明後日暇か?」

「明後日、っていうと日曜か。
 多分大丈夫だけど」

「午後、1時に東街の広場に来い、だってよ。
 また姉御から呼び出しだ」

「別にいいけど、今度は何?」

「…姉御に直接聞け」

「んー…まあいっか」

多分、昨日みたいに、「お楽しみ」とか言って教えてくれないだろう。

「じゃあ、そろそろ失礼するよ」

「ああ。…おい」

「ん?」

「明後日、ペン忘れるなよ」

「…もちろん」

スピナーがペンを携帯しない、などということはまちがってもない。
つまり、回しをする機会がある、ってことなんだろうな。

「Makin、ごちそうさま」

「お粗末でした」

Makinの小さな声に見送られ、raimo・Makinの研究所を後にした。









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