投下するスレ2 14

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マジで、洒落にならない事態だ。
まずい。

90は、自分の頬を冷たい汗が流れるのが分かった。

この狭い空間で、30人近い人間に睨みつけられる、というのはなかなかできる体験ではない。

1対30。
勝てるわけない、という結論は速攻で出たので、考えるのはいかに逃げるか、ということ。


単純に移動術でつっぱしったんじゃ、追いつかれるだろう。
何か、策を考えないと。

「90?」

そこで、他とは違う雰囲気を持つ、前に立つ男がそういった。

「誰だ?」

「EiH1、と言いまして。匿名出身を謳っている、最近デビューしたコテです」

隣に立つ、側近らしい男が言う。

「ほう」

妙に場は静まり返った。
全員が、男の言葉を待っている感じだ。

「…面白いな」

「と言いますと?」

「景気づけに、やるのもいいんじゃないか」

「やる」。たぶん、あの男の脳内では、殺ると書いてやる、なんだろうね。

瞬間、集まった男どもが動いた。

すぐさまペンを構え、とりあえずドアを蹴り破って外に出る。
外に文字通り転がり出た。

が、これ以降どうするか思いつかない。
…まずい。

「よう」

そこで、声が聞こえた。

「何やってんだよ、きゅーちゃん」

「kUzu、さん…」

kUzuさんが、路地に立っていた。

「なんで…わっ」

鋭い音が建物の中から響きはじめる。
戦闘音、のように聞こえた。

「toroは気が早いな、まったく。
 coco_A、行こう」

「はい」

視線を横に動かすと、まじめそうな顔つきの人―coco_Aさんが立っていた。

「細かい説明は後な」

kUzuさんが言う。

建物の中から、人がぞろぞろと出てくる。
同時に、飛んでくるいくつかの攻撃を、coco_Aさんが正確に吹き飛ばす。

「さーてっと」

kUzuさんのペンが鋭く動き始めた。

同時に、kUzuさんの近くでは、雷が踊り始める。
kUzuさんの両脇の2つの光球を中心に、雷が時折飛び出ている、という感じだ。
まるで黄色い線香花火のようだ。

あの2点に、どれだけのエネルギーが蓄積されるのだろう。

仁王立ちする2人、その後ろで尻もちをつきなが呆然としている俺。
その光景を見た男たちは、固まってしまっている。

男たちの後ろの建物では、風の刃が暴れている音。
kUzuさんの言葉によると、toroさんがいるらしい。
別の所から中に入って、先に戦闘に入った様子だ。

「…や、やるしかねえだろ」

そう誰かが言ったのを皮切りに、スピナー達は攻撃を始めた。

威勢はいい。
でも、いくらなんでも相手が悪いんじゃないだろうか。


戦闘が始まる。

俺はこの3人の戦闘を見たことはほとんどなかったけれど、すぐにその凄さに圧倒されることとなった。


先手必勝とばかりに、荒っぽい火球やら弾丸やら斬撃やらが、大量に2人に向かって飛んだ。

kUzuさんの両脇に浮く光球から、数本の雷の線が飛び出して、横向きに奔る。
そのままkUzuさんの前に仁王立ちして、攻撃を弾き返す。

雷というと、1点から1点へ素早く「落ちる」、というイメージだけど、そうではない。

2点間に常に電圧が張られている、とでも言えばいいのだろうか。
派手な音を立てながら、生き物のように雷が動いている。

対して、coco_Aさんの防御は単純に魔力をぶつけて吹き飛ばす、というオーソドックスなものだったが、
かなりの数の攻撃を、効率的にしっかりと吹き飛ばしていた。

素人には分からないだろうが、かなり見事な手際だ。


一斉攻撃をいとも簡単に防がれてたじろいだスピナー達だったが、
もう吹っ切れたのだろう。がむしゃらに2人に攻めかかる。


kUzuさんの両脇から何本もの雷が四方八方に伸びていて、それらが自由自在に動き回る。
高範囲をカバーしているその雷は攻撃・防御を同時にこなしていて、
来る攻撃を皆薙ぎ倒しては、時折スピナーに襲い掛かり、ペンを弾き飛ばしている。

スピードが速い訳ではないが、壁やら地面やらを削りまくっている所から見ても、
1本1本の威力は凄まじいものがある。

単純なゴリ押しのようにも見えるが、あれだけの威力のものを、何本も同時に自由に制御している訳で。
難易度の高さ・見栄えの良さ、安定してそれらを出せる技術が、その旋転にあると分かる。

そうだということは、その右手を見ていても分かるけど。

coco_Aさんも負けていない。

攻撃自体はオーソドックスな物が多い。
大きな炎を撃ったり、とか。

だが。それらの一つ一つが非常に質が高い。

一つ一つの技に関して、それを繰り出すまでの過程が非常に洗練されている、って感じで。

そういう辺りが関係してる、のだと思う。

豪快な炎で相手の攻撃を受け、さらに攻め立てる。

このレベルになると、レベルの低い相手には守りに入る必要がないらしい。
防御しながら攻撃する、そんなことを平然としてしまっている。


kUzuさん・coco_Aさんの無双っぷりを半ば呆然として眺めていると、
中から5、6人のスピナーが飛び出してきた。

そして、

「こ、こっちもかよっ!」

と悲鳴を上げる。

「逃がさないよー」

それらを攻め立てて出て来たのは、toroさんであった。

toroさんのペンが、派手に動き回る。
ペン自体が意思を持っているかのような動きである。

toroさんは、少し前にスタイルを改めた。
小技がうまい人、という印象だったが、違うベクトルの技も鍛えられて、よりインパクトのある回しになった。

それに合わせて、戦闘のスタイルも変わったかもしれない。
豪快で派手な攻めも加わり、こうして格下相手を相手している今は余計それが際立っている。

荒れ狂う斬撃に、時折虚を突くように丁寧で技巧的な技が加わる。

建物の中からtoroさんが完全に人を追い出したようで、路地での戦闘となる。

戦闘は、片方が圧倒する形になる。

どちらが圧倒しているか、は言う必要ないだろう。


「…EiH1さんも、暇ならお手伝い下さいませんか?」

距離をとるように飛びのいて、目の前に来たcoco_Aさんに背中越しに声をかけられる。

「え、あ…邪魔になりません?」

coco_Aさんは俺の質問に答えず、戦闘に戻る。
んーと…邪魔にならないようにやれ、ってことでいいんだろうか。

確かにただぼーっと見てるのもあれだとは思っていた。


「よっし…」

3人の攻撃が止んでいる場所を狙って、ちょっと控え目な戦闘を始めた。






煙を長く吐き出した後、短くなった煙草をポトリと床に落とした後、
足で踏んで火を消す。

「んー…」

空気はこっちの方がうまいし、煙草はあっちの方がうまいな。

そう思っていたところで、後ろから声をかけられた。

「ポイ捨てっすか」

「…そうだな、わりーわりー」

素直に謝りながら、相手の顔を見る。
見覚えがある顔だ。

「ま、俺はいいっすけど。
 ガオライザー、で合ってるっすよね?」

おお。呼び捨てで来たか。

「んー、そうだが、ガオライザーと呼ばれるのはあまり好きじゃないんだよな。
 呼び捨ては構わねーが、がおって呼ばれる方がいい」

言いながら、誰だっけかなーと記憶を辿る。

「…いや、がおさん、って呼ばせてもらいますよ。
 年上だし、尊敬してるんで」

尊敬という言葉が出たのは、少し意外に思った。
言い方とか見た目とかは、そういうことを言いだす感じじゃなかったからだ。

「そうか。まぁ好きにしてくれ。
 すまん、名前なんだっけ」

「NIKoo」

ああ、と聞いた瞬間に思い出す。

「そうか、そうだったな。
 すまんな、まだ名前と顔が一致しない奴が多くてな」

「いや、別に…。向こう、長かったみたいっすからね。
 いつ戻ってたんすか?」

「つい最近」

「そーっすか。じゃあ、今後期待してますよ」

…なんていうか、熱い。
どうも話とかに聞いてた人物と違うな。
一匹狼というか、そういう感じと聞いてたんだが。

「期待ってもなぁ…。すっかりお前らより下になってるしな。
 活動も適当にやってくと思うから、あんま期待されても困るって」

「…いや。
 期待してるんで」

んー…参ったな、こりゃ。

「あー、ま、ありがと。
 そういやさ、この前の、なんつったけか…CV見たぜ、うん」

「ああ、ひろばー…広場のCVすか」

途中一瞬渋い顔を見せながら、NIKooが言う。

「おう。端っこの方でな。
 知らない顔もいたが、CV自体は面白かったぜ」

「知らない顔…ああ、あいつですか…」

NIKooの言葉。
差しているのは、たぶんあいつ―匿名のEiなんとかって奴だろう。

CVの時見たそいつは、先日、はずれで少し話をしてコテ登録を薦めてみた奴に間違いなかった。

その直後にああしてコテを持っていたことには、素直に驚いた。
薦めた者としては、嬉しくもあったけど。

知らない顔とは、俺がJEBを離れている間に有名になったらしい何人かのコテのことで、
あいつは一応知っている奴だったのだが…。

良い機会だし、話を聞いてみるか。

「どんな奴なんだ、あいつ?
 名前の読み方も分からなかったんだけど」

「んー…名前はエイフワンって読むらしいっすよ。
 俺も詳しくは聞いてないっすけど。
 匿名出身、って点はとりあえず広まってるんじゃないっすか?
 その頃の名残で、あだ名も90らしいっすが」

「ほー」

匿名、ってとこは明かしてるのか。
隠す、ってのもありな経歴だと思うんだがな。

「回しは見たとおり、って感じで。
 CVに出るのは初めてらしいんで、なんとも言えないっすけど」

「んー、そうか…」

まぁ、回しに関しては特に驚くようなことはなかったが、
行動が速いのはいいことだろうな。

旅について知りたがってたが、どうかな。
早ければもう知っていてもおかしくはないと思うが。

「ん」

PMだ。
差出人は、Uszaku。

「ちょっと予定が出来たので、キャンセルさせて下さい、ね…」

…惜しかったな。
もうちょい早く届いてりゃ、NIKooと酒に行けたのに。
でも、まぁ特に親しい訳でもないし、いいか。

「んー」

ひとつ伸びをした後、 特に目標もなく、ぶらりと歩き始めた。





どれくらい経っただろうか。

3人―まぁ、俺もちょっとは手伝ったけど、ほとんど3人の力で、全員が片付いた。

「しかし、匿名が多かったですね」

coco_Aさんが言う。

ペンを弾き飛ばされた時に、「仮面」が外れて顔が変わる輩がずいぶんいた。
匿名は顔を魔力で変えているため、ペンを失えば元の顔に戻る。

「ま、悪いことをするのに仮面をかぶる、ってのは効果的ではあるな。
 さてと、事情聴取といこう」

「え、ここでやるんすかー?
 王宮に連れ帰ったほーがいいんじゃないですか?」

「別なとこですでに動いてる、ってこともある。
 急いだ方がいいだろうな?coco_A」

「そうですね。
 えーと…前で演説していた人は、どれです?」

coco_Aさんが見渡す。

「さっさとばらした方が身のためだと思うが」

kUzuさんの雷が、バチっと音を立てる。
ビクッと反応を見せたのは、kUzuさんにやられた奴らだろう。

「…立候補はなし、と。
 toroは顔は見てるはずだけど、誰だか分かるか?」

「えーと、僕が片付けた人には居なかったですね。
 最初に外に出てった組だと思いますが、見当たらないなー…。
 匿名で、coco_AさんかkUzuさんが片付けちゃったのかも」

「そうか。じゃ、1人1人調べるしかないか」

「あの」

会話に割って入る。

「演説してた人、って前に立ってた、ちょっと雰囲気の違う人、ですか?」

「うん、そーです」

「なら、外に出てきた人らの中にはいなかった、と思うんですけど…」

「…本当、ですか?」

coco_Aさんが聞く。

「独特の雰囲気があったんで、居たら気付いたと思います。
 だから、間違いないと思うんですが・・・」

ちょっと嫌な間が開く。

「toro、中は全部片付けたんだよな?」

「…入る前に、家をぐるーっと「網」で囲いましたから、誰か出れば分かります。
 こちら側以外からは、人は出てないです。
 あとは、居るとすれば中に居る、ですが…一応探知して、中は探りましたし…ってうわ!?」

toroさんが、声をあげた。

「網に、反応…!」

「裏だな、俺も気配がした」

toroさん、kUzuさんが建物の中に素早く入っていく。
coco_Aさん、そして俺も続く。

部屋を挟んで向かい側、裏口のドアが揺れ動いている。
誰かが、出て行った直後、というのが明らかである。

「一体どこに…隠し部屋でも、用意してたとか?」

「追うぞ、toro」

kUzuさん、toroさんが駆け出す。

「EiH1さんも追って下さい。私はこの人らを見張ってますので」

「わ、分かりました」

coco_Aさんの言葉に頷いて、裏口へと走る。
裏口を出て、草が繁る少々荒れた地面を蹴る。

2人は…左にいる。

toroさんが行き先を探知して、移動術を作ったのが見えた。
慌ててそれを追う。

逃げた奴らの姿は見えない。
時間から考えて、あっちも移動術を使っているのだろう。
それなら、こっちにはtoroさんがいるし、追跡は可能だ。

2人に必死についていく。

「…しっかし」

荒れた道、とも言えないような所を駆け、
建物の屋根に登ったと思ったら、また細い路地へ。

こっちの追跡を振り切るために、複雑な経路を行っているのだろう。

がむしゃらに逃げているのか、それともどこか目的があるのだろうか。

こっちに、思い当たる場所と言えば…。


…ん。

「どうしたんです?」

空地のようなところで、kUzuさんとtoroさんが追跡を中断した。

「んー…魔力の痕跡が突然ぱったりと切れちゃいまして。
 この辺りに居る、と思うんですが・・・」

「つっても、この辺は普通の家さえ少ないぜ。
 隠れるようなところは無いと思うんだが・・・」

確かに、さっき戦闘をしたところより大分田舎というか、建物が少ないところである。
しかし、俺にはひとつ思い当るところがあった。


「…あの、この近くだと…」

2人の視線が自分に向く。

「曲芸があります」

toroさん、それにkUzuさんは虚を突かれたような表情をした。


ここから少し走れば、曲芸がある。
曲芸は、一軒の飲み屋。
今は訪れる人は少なく、その大きな建物を持て余している形だが、
それでも立派な「匿名の地」の1つとして機能している。

「…なるほど、そういえばそうですね」

一泊置いて、toroさんが頷く。

「となると、やられたな・・・あそこには、手出しできない」

「やっぱ、そうなんですか?」

苦い表情をしているkUzuさんに聞く。

「…匿名は、デリケートな存在だからな。
 いろいろ悪い話が存在するのも確かで、政府としてはそれとの関わりや存在を公には出来ていない。
 そこに踏み込むってのは、な…。
 犯人を捕まえようとすれば、中にいる奴に片っ端から顔をさらしてもらうことになるし、難しい。
 なんというか…どういう反応をされるか分からないんだ」

「片っ端から顔を晒させる、ってのは技術的にも難しいですしねー。
 匿名になってる所は、そういうのを防ぐ魔法がかなり複雑にかかってたりするんで」

「…じゃあ」

「仕方ない。戻ってcoco_Aに報告しよう。
 詳しい話は捕まえた奴から聞き出すしかねーな。ただ…」

「ただ?」

「多分、前で話してた主犯格らしい奴も、逃げた連中の中に居るだろう。
 それを考えると、一番重要な奴らを逃がした、ということになるだろう、な」

kUzuさんがさらに表情を苦くしながら、答えた。










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