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「まさか、お前…本物かよ」 「ああ、そうだ。 お前みたいに、億足やら嫉妬やらで叩くような風潮には、飽き飽きしてる…。 いい加減にしてくれ」 「…」 たじろぐ男。 「失せろ」 低く、吐き捨てるように言った。 声量を出したつもりはなかったが、声は店内にやけに響いた。 「…」 そこで、気づいた。 店の中が、妙に静まり返っている。 この沈黙は…? 「何が失せろだよ」 どこからか、声が聞こえた。 「90くんよぉ…お前、何か勘違いしてんじゃねえのか」 「そうだな…まぁ、所詮この程度だよ、匿名出身を名乗るようなコテは」 「…何が、だ」 面食らいつつ、言う。 「ここは匿名…一部の例外もあるが、顔を出すのは基本的にご法度だ。 最初は匿名として振る舞っときながら、あんな挑発であっさり顔を晒しやがって」 「そもそも、こんな男に構ってる時点で間違いなんだよ。 こういう奴はスルーするのがマナーだろうが・・・酒をまずくしてくれやがって」 正論だ、と思った。 俺は…何をやってるんだよ。 頬を、変な汗が伝う。 「『失せろ』だってよ。 ヒーロー気取りの痛い野郎だな、マジで」 容赦なく続く、俺への批難。 当然の批判だ、と心の底で思った。だが。 「…そういう馬鹿にするような叩きが、したらばをどんどん…」 自分への苛立ちからか、気づけばそんな言葉を絞り出していた。 「だから、それがヒーロー気取りだってんだよ。 匿名出身ってことで、ここじゃそれなりに好感を持たれてたみたいだが…。 勝手に此処の代表者面をされちゃあ困るんだよ。 調子に乗るな」 「…てめえ」 「お、やるのかい?エイフーちゃんよ」 半ば自分でも訳が分からなくなりながら。 右手が再びペンに伸びかける。 「待てってば」 それを止めてくれたのは、間に入った1人の匿名だった。 「あん?なんだよ、てめえは」 「これ以上は本当に酒がまずくなりそうだからさ。 ここは落ち着いて、席に戻ろう。ね?」 「…」 相手の男もポケットに手を伸ばしていたが、仲裁に入られて興が覚めたようだ。 1つ舌打ちすると、席に戻っていく。 半ば呆然として立ち尽くす俺に、仲裁に入った男が言う。 「悪いが・・・出てってくれ。 EiH1、今日のあんたは少し場違いだ」 その厳しい口調にはっとさせられた。 「…悪い」 軽く頭を下げると、店の出口に向かった。 途中、1度だけ振り返ったときに、仲裁に入った匿名の番号が目に入った。 128、か。 感謝したい。 けど…あの人にも、俺は嫌われただろうな。 沈んだ気持ちのまま、したらばの出口に向かった。 |
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「…ん」 執務室。 遅くまで仕事に勤しんでいたcoco_Aは、机の上のカードが光っていることに気づく。 それが示すのは、着信。それも、普通のメッセージではなく、音声での通信だ。 音声をリンクさせるのは、文字を送受信するよりも敷居が高い。 そのため、管理人などの上層部のカードでのみ可能である、 一般的なスピナーに配られているカードでは、文字でのやりとりのみができるものだ。 「…大臣?」 大臣は、普通の用だったら文章のメッセージを送って来る。 急ぎの用件でもあるのだろうか。 「はい、どうしました?大臣」 「んー、ちょっと、予想外の事態なんだけどね。 外部から、僕に通信が入って。ここあにつなぐように言われた」 「外部から?どういうことです?」 「どうにかして、方法を見つけたみたい。 けど、詳しいところはちょっと…。 とにかく、ここあの回線につなぐから」 大臣の声色からも、困惑が窺える。 困惑しているのは、自分も同じだが。 「はぁ。一体どなたです?」 「…匿名希望、だってさ」 それは、もしかしたら…いや。 何にせよ、話して見れば分かることだ。 「分かりました。では、お願いします」 「うん」 ブツっという音が聞こえた後、雑音混じりの音が聞こえ始めた。 「どうも、はじめまして、coco_Aさん…」 やけに低い声。 匿名を名乗っているからにはこの声も魔力で変化させたものだろう。 当然聞き覚えはない。 「どうも、はじめまして。 匿名さん、ということでしたね」 「そうだな、匿名でも構わないが・・・貴方には、ザコテ、という言い方をした方がいいかな」 もったいぶった言い方から発せられた、予期していた単語。 「やはり、貴方がザコテ達の主犯格ですか」 「ご明察」 男は、嬉しそうに答える。 まさか、あちらから直接連絡を取ってくるとは。 何を言ってくるか…身構えておかなければ。 「…一体、どのようなご用件でしょうか」 「随分お焦りのようだな・・・まぁいい。 無駄話をするつもりは、私にもないからね。 coco_Aさん、貴方達は我々の目的には、お気づきかな?」 目的、か。 正直に言うなら、つかめていない。 心当たりもなくはないのだが、核心に至るものは見つかっていない。 さて、そう正直に言っていいものか。 「…それを聞いて、どうなさるつもりですか」 「なに、単なる興味本位さ。 その様子だと、はっきりとは掴めていなさそうだな…まぁいい。 では、本題だが…ちょっと、お願いがありましてね」 お願い、か。随分かわいい言い方だが、どんなものを要求してくるか…。 「我々は、明日にでも動くつもりだ。 動き始めたら、流石にそちらにも一報が届くと思うのだが」 一旦言葉を切った後、男が言う。 「動かないで、もらえませんかね…?」 「…どういうことです?」 困惑しつつ、聞く。 「つまり。貴方達に邪魔されるのは好ましくないんでね。 言い訳を適当に用意して頂いて、我々を止めるような真似は慎んでいただきたい」 何を言い出すかと思えば…。 「…勿体ぶらずに、その裏を言ってもらえませんか。 そんな話、こちらが了承できるはずがありません」 此方の言葉に対し、短く笑い声を発した後、男が続ける。 「裏、というほどのものでもないのだが。 我々ザコテは、半年前のあの件について、当然だが真相を知っている。 そして…それを公開する、ということを検討している」 「…なるほど」 そこか。 確かに、あの事件に関しては我々に落ち度があったのは事実だ。 そして、それを世間には隠ぺいする形になっている。 公開されては困る、というのは管理人勢の本音だ。 しかし…。 「ですが、それの公開は貴方達にも不利益になる、という見解で一致していたはずですが」 それを公開することは、ザコテ達が正規のスピナーでないことを示すことになる。 彼らへの風当たりは一層強くなるだろう。 さらに、管理人達の評判が落ちる、ということは、スピナー全体の評判が落ちることにも繋がる。 公表されず、他のスピナーと同等に扱われるのが、彼らにとっても一番良いはずなのだが・・・。 「しかし、我々が現行の体制に苦しんでいるのは事実だ。 それを変えるための1つの手段、という訳で…むろん、進んで行いたいとは思わない。 だが…貴方達が、我々の別な『やり方』を邪魔するというなら、それも致し方ないのかもしれん」 「…なるほど」 つまりは、此方に対する脅迫材料という意味合いが大きい、ということだろう。 「別に、今ここで承諾してもらおうとは思わない。 ここでの了承など、いざとなったときに何の意味もないからな。 だが、こういう状況にある、という報告だけはしておきたかったのでな。 当日の、貴方達の賢明な判断に期待したい」 …。 事件の公表、というのは、切ったとしてもあちらの特に転ぶとは限らないカードだ。 だから、口だけのでまかせという線もあるが…いざとなれば、どうなるか分からない。 なかなか厄介な問題を出してくれる。 「明日…何をするつもりなんです?」 「それは秘密だな。どうせ明日になれば分かることだ、そう焦らず待ちたまえ。 それでは、SEVEN辺りとでも、ゆっくりと話し合ってくれたまえ」 男はそう言うと、こちらの返事を待たずに、通信は途絶えた。 「…ふぅ」 coco_Aは長く息を吐き出すと、再びカードに手を伸ばす。 「大臣、終わりました」 「お疲れ。こっそり聞いてたよ」 「そうだと思いました。で、どうです?」 「ごめん。通信の出所を必死に探ってみたけど、特定できなかった」 「そうですか…いえ、仕方ないでしょう。 大臣、すいませんがSEVENに事情を説明して、執務室に来るように言ってもらえませんか?」 「おっけー」 大臣との通信を切ると、coco_Aは肘をついて、1人思案を始めた。 |
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「90」 王宮の裏庭で、ベンチに座ってぼけーっとしていた俺の名前を、呼ぶ声がした。 振りかえると、リア姉がいた。 「あ…どうも」 「何してんのよ、こんなとこで」 「えーと、いや、星が綺麗だなぁと…って、ちょっともやがかかってますね・・・」 俺の微妙な返答に対し、リア姉は曖昧に笑った後、言った。 「まったく…落ち込むくらいならあんなこと、しなきゃいいのにさ」 「…え?」 一瞬、面食らう。 直後に、思い出す。 「あ…128、って…」 そういえば、最初にリア姉としたらばで会ったとき。 あのときの彼女の番号は、「128」だった。 「うん、あたし。 一体どうしたのよ。 ああいう人は、放っておけばいいじゃん」 「そうなんですけどね…」 「何か気になることでもある?」 「そういう訳では、ないんですけど…。 あの、あの後…俺の評判どうでした?」 「評判?」 リア姉が聞き返す。 あー、ちょっとアレな質問だったかな…。 「んー…まぁ、良い評判では無かったね」 「…やっぱり、そうですか」 「ずいぶんひどい言われようではあったけど、あの時は雰囲気がそうだったからさ。 気にしなくていいと思うけど」 「…」 いや。気にしなくていい、とか、そういう問題じゃない気がする。 今回のことは、俺が悪い。 言い訳の使用がない位に、だ。 今では、そもそも匿名を変えるという発想自体が間違っている気がしていた。 それを、安請け合いして。 終いにはくだらない挑発に、顔を晒して…。 夜に裏庭の隅っこのベンチに座っている分には、人はほとんど来ないからいいけど。 正直、明日からは人前を歩くのも憂鬱になりそうだ。 明日には、伝わるところには伝わっているだろうな・・・。 「…男だったらあんまり気にし過ぎないで、しゃきっとしなさいよ」 「あ…そう、ですかね」 俺の上の空な返事に対して、リア姉はため息をつくと、 「じゃ、また明日」 と言って、去って行ってしまった。 そっとしておいてくれたんだろうか。 その方が嬉しいけど…でも、1人でいたらいつまでも悶々としてしましそうな気もするし。 あー…なんか、凄く惨めな気分だ。 「…」 東の空を見上げる。 「…旅、か」 ふと、思い出す。 コテになったことのきっかけは、旅に出るスピナーのことを調べていて、 東の国境で、がおさんに薦められたこと、だった。 そういえば、旅について全然調べてないや…。 「あー…でも…」 今日のことで、なんとなく分かった気がした。 スピナーは、特にウマコテになれば、自然と有名人へとなっていく。 褒められることも、非難されることも、多くなっていく。 人に非難される、ってのは、やっぱりしんどいことなのだ。 正論であっても…いや、正論の非難ほど、堪えるのかもしれない。 もしかしたら。 こういうしんどさから解放されるための手段として…旅があるのかもしれない。 …俺は、これから、どうすれば…。 パッとしない夜空の下で、俺は考え事を続けた。 |
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