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「ここから少し北に行くと、港があるんだ」 「港?」 「うん。 といっても、大げさなもんじゃないんだけど。 岩場に、いくつか古い船が止めてあるだけ。 普通なら、港とは思えないような代物だよ」 「…えーと、つまり」 「うん、船を出して、まっすぐ東へ行く。 海を超えた先が、スピナーが旅に出てる地だよ」 …まぁ、予想していなかったわけではないのだけど。 いざこうして断言されると、やっぱりなんというか、びっくりする。 「ホントに、この海の先に、地面があるんですか?」 「うん」 akimaruさんが頷く。 「ただし、一般人は千年漕いだって辿りつかない。 途中、空間が特殊な構造になってるのがその原因なんだけど。 一般人がまっすぐ東に漕いでいっても、そのうち霧に包まれて、方向感覚を失ってしまうんだ。 気づいたら、またこの大陸の近くに戻ってきてるんだけど」 「スピナーならそれを超えられる、ってことですか」 「そう。まぁ、たいした魔法はいらないからね。 ペン回しを始めて半年も経ってればなんとかなるんじゃないかな」 akimaruさんが言う。 海という存在の不思議さはもとから感じていたが、ここにもスピナーが絡んでたのか。 つくづく、この世界はスピナーありきなんだな。 「で、その…」 「うん、分かってるよ。 その海の先に何があるんだ、っていう話だよね。 ただ普通の地面があるだけなら、スピナーが皆そこに行く理由にはならないからね」 そう。 そこが一番重要だ。 旅の目的地がどこなのか、なんてのはさして重要じゃない。 そこにどうしていかなきゃならないのか、ってのが問題なのだ。 「90、お前ここには魔法で飛んできただろ?」 突然、がおさんがそんなことを聞いた。 藪から棒な質問に少し面食らいつつ、答える。 「ええ、そうですね…。 場所によっては歩きましたけど、JEBから出てから大体」 「なんか違和感感じなかったか? いまいち調子が出ないような感覚だ」 「…はい、なんか不調だな、って思いましたけど」 「船にのって、しばらく行けばそれがさらに顕著になる。 生まれる魔力がどんどん薄くなってく。 途中、さっき言った障害を攻略するんだけど、魔力が薄いからこそ骨が折れるんだ。 普通の場所だったら、それこそK4LC一発でケリがつくようなもんなんだけどな。 で、そこを超えてからもさらに薄くなっていって…ある所で、ぽっつりと消える」 「…消える?」 「ああ。 そこからしばらく言えば、土地が見える。 ここの海岸にあるもんとは、比べ物にならないような凄い港が見えるはずだ」 「…あの、つまり」 「海の先にあるのは、魔力が使えない世界だ」 がおさんが、少しゆっくりとした口調で言った。 「俺たちは、『リアル』って呼んでる」 「…リアル、すか」 「ああ」 「その、魔力がない、っていうと…」 「そのまんまだよ。 いくらペンを回そうが魔力は生まれないし、当然俺達が使ってるような力は何も使えない。 リアルは元々そういう世界らしいから、あっちの人は魔力なんて実在するとは思ってないな」 「…そう、なんですか…」 なんというか、予想以上に突拍子のない話だ。 そんな世界があるなんて、こうして言われても現実味がなさすぎる。 「…ていうかがお、一番大事なとこ自分で話しちゃったじゃないか。 僕の口から話せって言っといて」 苦笑しながら話すakimaruさん。 「いや、お前が話してんの聞いてたら、なんか言いたくなっちゃってさ。 そういえば俺、このこと誰かにネタバレしたことなかったんだよなー。 なんか気持良くねえか?」 「それはよく分かんないけど…」 2人の会話が何やら滑稽に思える。 衝撃を受けた、というよりは唖然としてしまった、っていう感覚だ。 「えーと…その…」 リアクションに困って口ごもっていると、akimaruさんがそれを遮った。 「うん、魔力が無いのは分かったけど、どうしてそこにスピナーが行くのか、って話だよね」 「…ああ、はい、そうですね…それが不思議です」 何かを聞こうとした訳ではないけど…まぁいいか。 確かに、魔力がない世界に行く理由がまだ聞けていない。 「スピナーなら、逆に力が使えない場所って居づらいような気もするんですが…」 「確かに僕らは、普段の生活でも何気なく簡単な魔法を使うのが染みついてるからね。 そういう意味ではちょっと違和感を感じることもあるよ。 でも、リアルは、魔力がない代わりに…ってわけかどうか分からないけど、 いろいろな技術がこっちとは比べ物にならないほど発達してる。 だから、生活のレベルや暮らしやすさは、あっちの方が上かもしれない」 「…じゃあ、それが目的で?」 「いくら、客観的に見た暮らしやすさが上だからって、俺達の故郷はこっちだ。 変に発達した技術は、俺なんかは少し気味が悪く思ったりもするし。 何より、あっちには知り合いなんて数えるほどしかいないんだぜ」 がおさんが答える。 「…ああ、そうか…じゃあ、あんまり気が進まないですよね。 じゃあ、理由は別に?」 「えーと、EiH1くんは最近、目眩が凄くするとか、右手が思うように動かないとか…。 そういう、なんか変な症状が出たことって、ない?」 akimaruさんから、脈絡のない質問がまた来た。 でも、こっちはがおさんの質問とは違って、身に覚えはない。 「経験ないですけど…」 「んー、じゃあ本当に無いんだなぁ。 スピナーにはね、まあ一種の職業病みたいなものがあるんだよ。 普通は2年もやってれば、1回は症状が来るはずなんだけどなぁ…」 「職業病、ですか?」 「うん。 みんな、あんまり人前じゃ話さないようにしてるからなぁ。 知らなくても無理はないのかな」 「えーと…それって、みんなかかるものなんですか?」 「俺は、今のところかからずに済んだという話は聞いたことがないな。 症状のキツさはかなり個人差があるから、かかってもあまり苦労しなかった、って奴はいるが。 もしかしたら、お前もかなり軽い方で、単に気づかなかったのかもしれないな」 がおさんが言う。 職業病、って…? 思わず眉をひそめて、聞く。 「病気っていうと、どんな…」 「目眩がしたり、利き腕に違和感が来たり、これも結構個人差があるが。 共通の特徴としては、ペンを回している間は特に症状が重くなる、ってとこだ」 「…ほんとに、そんなのがあるんですか?」 「ああ。原因も、確証がある訳ではないが定説が1つある。 魔力が体に悪影響を与えているんだ」 …魔力? 「魔力の強力さは、お前も身に染みて分かってるだろ。 それを使用するのに必要な代償、ってところなんだろうな」 「…待って下さい、じゃあ俺も、ペンを回してたら体が何かおかしくなってる、ってことですか?」 なんだか背筋がぞくりとした。 確かに、魔法の凄さっていうか、スピナーの持つ力は常識的なものではない。 副作用というか、そういうのがあってもおかしくない、というのは理解できる。 理解できる、けど…。 でも、今までそんなことを考えたこともなかったし。 何気なく使ってきた魔力が、自分の体を蝕んでいる。 これが事実だとしたら…。 なんだか凄く恐ろしく感じられた。 「さっきも言ったとおり、個人差はあるが、何らかの形でスピナーには訪れる。 お前も例外ではないだろうな。 ただ、心配はしないでくれ。命にかかわるとか、そういうことではねーんだ。 重い症状の奴でも、数日ペンを回さなきゃ症状自体は治まるしな。 …またペンを回したら、再発するが」 「じゃあ、それが発症したら、ペンはもう回せない、ってことですか?」 「まぁ、落ち着いてよ、EiH1くん」 akimaruさんが慌てて言う。 …うん、変にてんぱってもしょうがない。 「さっきから話してる旅に行く理由ってのが、それなんだ」 「理由、ですか?」 「うん。この職業病ってのは、魔力が原因。 だから、魔力が無いあっちの世界に行けば、自然と体は元に戻ってくんだ。 あっちの世界全体が、この職業病に対する薬になってる。 別にこっちの空気が汚れてるとか、そういう訳じゃないんだけど」 「つまり、何らかの症状が出た奴は、あっちで体を治してるんだよ。 どれくらいかかるかは、さっきから言ってるように個人差次第だ。 体力とか、ペンにどれくらい普段から触れているかとか、いろんな条件によって違うからな」 がおさんが、akimaruさんの言葉に続けて言う。 「…それが旅に行く理由なんですね」 「ああ。 一般的には、短期間に集中的に腕をあげたような奴は、症状が重くなりやすい。 他に強く影響するのは…年齢か」 年齢…それって…。 「あの、スピナーが皆若い、ってのは」 「ああ、これが理由だ。 20を超えた頃から、だんだん厳しくなってくる。 姫とかは、その辺を本当にうまくやりくりしてるんだよな。 あの年齢でスピナーをやってるのは、それだけで凄いことなんだぜ」 ayshさんは、スピナーの中では最年長として知られている。 20歳前後がほとんどであるスピナー。その年齢層も関係してたのか。 「こんなところかな。 このことは、JEBの場合、登録する前に師から話すことになってるんだ。 弟子入りのあとにそのセンスや人柄を師が見極めて、 最後にこのリスクに関して話し、本人がスピナーになるかどうか判断する、と。 この過程を経ることができなかったのは、EiH1くんにとってアンラッキーだったね」 「…いえ、がおさんが言ってた通り、変な形でスピナーになっちゃったのは俺が悪かったと思うんで…」 「そうかなぁ…」 akimaruさんが言う。 その後、仕切り直すようにしてがおさんが口を開いた。 「さて、90。俺達が話せることは大体話したぜ。 あんまりのんびりしてらんねーんじゃねえのか?」 …? 何の話だ? 「いえ、今日は一日潰すつもりで来たので、そんなに急ぎではないんですけど…」 俺の返答に、がおさんは意外そうな顔つきをする。 「あれ、お前したらばの一件に絡んでるんじゃなかったのか? さっき、したらばでいざこざ起こしたとか言ってたし、そうだと思ってたんだが」 今度は、俺が驚く番であった。 「したらばの、一件って…ザコテ達の話ですか? どうしてがおさんがそれを?」 「ザコテ、って…ああ、そういえばそういうこと言ってたな」 「言ってた、って…がおさん、あの人と知り合い?」 「あの人って、お前主犯の正体知ってんのか?」 「ちょ、ちょっと待ってよ」 俺とがおさんの会話に、akimaruさんが割り込んでくる。 「2人とも落ち着いてよ…なんか会話がかみ合ってないって。 一件って何の話さ、がお」 「分かった、説明する。 俺の知り合いから聞いたんだが、ザコテ達を率いて何やら企んでやがる奴がいるんだ。 それに関して90が関わってる、んだよな?」 「はい。 以前、そのザコテ達の集会の時に、ちょっと戦闘に巻き込まれまして。 それ以来、個人的にちょっと調べ回ったりしてたんです。 主犯格とも会話をしたりもしました…したらばでだったんで、顔を直接見た訳じゃないんですが」 「お前、でもその主犯の正体知ってるんだろ?」 「…目星はついてます」 「ふーん…。 俺は静観を決め込んでるんだが、関わる気をしてるなら、やっぱり急いだ方がいいぜ」 がおさんが真面目な声色で言う。 「というと?」 「あいつら、今日動くつもりだ。 確かな情報筋だ、まちがいない」 …今日? 「待って下さい、主犯の男は、まだ動くには時間があるって…」 「それがいつの話かは知らねえが…。 したらばでちょっと話しただけのお前より、俺の情報が信憑性があるのは間違いないと思うぜ」 がおさんがそう言い切る。 「…」 確かに、そうかもしれない。 あのとき、「したらばを変えてみろ」という主犯の言葉も…嘘だったのか? 確かにいいように時間を稼がれた、と見れなくもないけど…。 「あの人ら、何をする気なんですか?」 「あ? お前、それは聞いてないのか?」 「は、はい」 「あいつらはな…」 |
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「仲間割れ、なのか…?」 したらばを監視するために集まった、とある民家の部屋。 そんなkUzuの呟きに、toroが答える。 「まー、そんなに仲の良いイメージはないですよねー。 そこまで不思議な話でもないと思いますけどー」 「それはそうだが…。 主犯格が1人いるだろ、あいつの存在が気になる。 声を聞いただけだが、かなり雰囲気があった気がするんだよな。 仲間割れみたいなことは起こさせないと思うんだが…」 「…なるほど。 まぁ確かに、雰囲気はありましたよ。 そういえば生で見たのは、僕と、90さんだけですね」 toroが言う。 「あ…。 あの人かな? さっき入ってったんですけど、すぐ出てきた人が」 scissor'sが画面を指差しながら言う。 「そうですね、なら間もなくcoco_Aさんから…」 『使いが戻りました』 SEVENの言葉に即座に反応するように、coco_Aの声が響く。 coco_Aは、少し間を置くと、何やら困惑した口調で言った。 『彼の話によると…中で、戦闘になっているようです』 「は?」 kUzuがそう言うと同時に。 したらばの遠景を移していた画像に異変があった。 1件の建物から、火の手が上がった。 「なっ」 中から人がわらわらと出てくる。 同時に、ごちゃごちゃとした中で、戦闘が始まる。 「一体、どうなってるの…?」 呆然とscissor'sがつぶやく。 「おい、SEVEN」 kUzuが鋭くSEVENの名を呼ぶ。 「行かなくていいのか?」 「…待って下さい。 仲間割れならば、こちらで動く必要はありませんし…陽動の可能性もあります」 「どう見ても陽動じゃねえと思うが…ホントに静観でいいのかよ」 「したらばの中に踏み込むのは、好ましくない…。 もう少し様子を見ます」 「SEVEN…」 『失礼』 2人の会話を遮って、coco_Aの声が響く。 『詳しく話を聞きましたが、どうやら仲間割れではなさそうです。 状況から見て、ザコテ達らしき人物と、それ以外の匿名との間での戦闘の可能性が高いかと』 「それ以外って、どーいう…?」 toroをはじめ、一同は困惑した表情を見せる。 そんな中SEVENが1人、別な表情で 「となると、やはり…」 とつぶやいた。 『…SEVENは感づいているようですね。 予想外でしたが、彼らはすでに動き出した、と見た方がいいでしょう』 「…いったいどういうことですか?」 そうtoroが問うと。 「彼らの標的はJEB側でなく…したらば、なのでは」 SEVENが、低い声で答えた。 |
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