投下するスレ2 03 |
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「…暇だ」 暇だし、晴れているから、外を歩こう! …昨日とまったく同じ思考回路だ。我ながらちょっと笑える。 俺は、かなりの割合で昼間暇になる生活をしている。 まぁちょっと悲しくならないと言えばウソになるが、楽なのだから気にしないことにしている。 先に断っておくけど、俺はしっかり自立している。 親から離れてひとり暮らしをしているし、仕送りとかもしてもらっていない。ちゃんと自分で稼いでいる。 むしろ、同年代じゃそこそこ立派な方だと言えると思う。 平日の昼間に暇になる職ってなんだよ、と思うかもしれないが。 俺は定職についてる訳ではなく、かなりの金がまとめて入る短期の仕事を、定期的にしている。 じゃあその仕事ってなんだよ、となるだろうが、まぁ色々だ。 本当に多種多様なので細かい説明は省こうと思うが、 共通事項として、俺のスピナーとしての技術が必要としてる、ってのがある。 この世界、ペンが回せれば、簡単に金を稼ぐ方法などいくらでもあるってことだ。 さて。今日はどうやって暇をつぶそうか。 昨日と違い、今歩いているのは王宮のすぐ北にあたる裏町。 レンガ造りの家屋が連なる落ち着いた雰囲気の町並みで、人通りはそこそこ多い。 だが、人が多いからと言って、やることが見つかる訳ではない。 たいていこういう時は、適当に店を冷やかしたりとか、他愛もないことで1日終わるんだよな。 アレだ。 多分、1人なのがまずいんだろうなぁ。 だけど、実際、今暇だと思われる知り合いはいないんだから、しょうがない。 まぁ、定職も持たず毎晩したらばに入り浸っているような奴の友好関係が広い訳もなく、 まして平日の昼間となれば、1人でいる以外の選択肢はない訳で。 …何かないかなぁ。 周りを見渡す。 挙動不審な怪しい人に見えているだろうが、気にしないことにしよう。 …ん。 途中、道をはさんで反対側に立っている女性に目がとまる。 シンプルで大人っぽい服装に、短めの髪。 背は女性にしてはちょっと高めで、綺麗なおねーさん、という表現がふさわしいかと思われる。 「あれは…」 周りの人も、ちらちら視線を送ったりしている。 そりゃそうだろ、有名人だからな。 RiAsON、だ。 バランスの優れた旋転を操り、JapEn4thにも出演した、実力派のスピナーである。 こんな所で何をしているんだろう。 そう思って視線を向けていると、RiAsONがこっちを向き、目が合う。 「えっ…」 そう、呟いたのは、俺ではなく、RiAsONの方だ。 声は、ちょっと距離があるし、かすかに聞こえた程度だったが、 口の形が完全に、「えっ」と言ったときの形で固まっている。 そして、そのまま視線が俺から外れない。 「…え?」 と、今度は言う番である。 何だかさっぱり分からないが、とりあえず俺を見て何か思うところがあったらしい。 この反応を見ておきながら、無視して帰るというのはちょっとアレだろうな。 「すいませーん」 軽く声をかけながら、近づく。 そこで、RiAsONははっとしたような顔をして視線を外したが、そこに動かないままいてくれた。 「RiAsONさん、ですよね」 「…ええ」 RiAsONさんは、頷く。 「やっぱり。 えーと…俺の顔になんかついてました?」 どう言ったらいいか分からなかったので、こういう場面の定番のセリフを言っておくことにする。 「…いや、なんでもないよ、ごめん」 そう言って、ちょっとバツが悪そうに微笑む。 「いや、とてもそういう感じではなかったので…えっとか言ってたし」 俺は、こんなレベルのスピナーの人とは話はしたことがなく、かつ俺は今非常に暇である。 あーそうですかー、とか言って去ってしまう気にはならなかった。 「…そうね」 RiAsONさんが、何かを決めたようにそう言った。 「じゃあ、ひとつ聞かせて。 貴方…したらば、よく行くでしょ」 多分だけど、そう聞かれた時の俺は、さっきのRiAsONさんみたいな状況、 つまり、口が「えっ」って形で停止していた、と思う。 そのリアクションを見て、RiAsONさんはふーっと息をはく。 そのあと、少し考える仕草を見せて、 「まあ、丁度いいか。少し話したい気もするし。 どう、このあと暇?」 「…え、あー、はい。大変暇です」 「なら、どこかでちょっとで話そう。 このあたりなら…はさみのところがいいかな」 そう言うと、RiAsONさんは歩き出す。 なんだかよく分からないが、とりあえずRiAsONさんとお茶することになったようだ。 …本当によく分からないな、この状況。 SPSLは、はさみことscissor'sが開いている喫茶店である。 裏町の雰囲気によくあった、センスの良い落ち着いた店内が人気で、 コーヒー・紅茶のおいしさや、はさみさんの知名度もあり、いつも賑わっている。 「いらっしゃいませー、あ、りっちゃん、いらっしゃい」 りっちゃん? 「おっすー、はさみ」 RiAsONさんのあだ名か。この2人はどうも仲がいいっぽい。 「えーと、そちらの方は?」 「んー、彼氏」 「へっ?」 思わず聞き返してしまい、RiAsONさんに笑われる。 「冗談よ。ちょっと、この人と話するのに使わせてもらうね。 コーヒーでいい?」 RiAsONさんが振り向いて聞いてくる。 「あ、はい」 「じゃ、コーヒー2つ」 「うん、分かったー。好きな席使ってね」 はさみさんは俺にぺこりと頭を下げると、駆けていく。 |
RiAsONさんが、奥の方の目立たない席を選択し、そこに向かい合って座る。 はさみさんがコーヒーを持ってくるのを待った後、RiAsONさんが口を開いた。 「さて、と。貴方、90さんだよね」 突然番号を当てられて、動揺する。 「え…なぜ、それを?」 「やっぱり、ね。 聞きたいのはこっちよ。 どうしてそう堂々と、匿名で歩いてるの? 昨日、したらば以外で匿名を名乗るなんて、屑だって言ってたのにさ」 昨日。 その言葉に、ピンと来た。 「…あ、まさか、昨日の人…えーと、128って、RiAsONさん?」 「そうよ。 こうしてバラすのはどうかと思ったんだけど。 あなたが昨日と同じ顔で歩いてるものだから」 確かに言われてみれば、ここまでの会話とかも辻褄が合う。 それに、そういえば昨日、ちょっと会話に違和感を感じたな。 多分、女性のRiAsONさんが男性を装っていたからなのだろう。 「成程…そういうことですか」 「うん。それより、こっちの質問に答えてもらえるかな?」 「…そうですね、わかりました」 そういう事情なら、聞かれて答えない理由もないだろう。 あまり人に話したことはないけれど。 「俺、匿名なんですよ、生粋の」 とりあえず簡潔に言ってみたが、RiAsONさんはよく分からなかったらしい。 「つまり、俺、JEBに登録してなくて、コテも持ってないんです」 ここでも、RiAsONさんは、驚いたような顔をする。 なんか今日、RiAsONさんを驚かせっぱなしで悪いな。 「…ほんとに?」 「ほんとです。文具板時代からいますけど、コテは持ったことないですね。 だから、したらばに行くのに、顔変える必要ないんですよ。 この顔、思いっきり素顔です」 ほっぺを軽くひっぱって、素顔をアピール。 顔を変える、っていうのはコテを持っている人が、匿名としてあそこにいるために必要な作業であり。 別にコテを持っていない人間が、顔をわざわざ作る必要性はない。 実際、文具の初期とか、コテを持っていない人も多かったころは、 素顔だった人も結構いたはずである。 「…なるほど、ね。 事情は分かったけど…本当の意味での匿名か。 まだ、いたんだ」 「…たぶん、数えるほどしかいないと思います。 もしかしたら、俺ひとりかも」 「そうよね。 じゃあ、回しも、匿名で学んだの?」 「はい。昔は、普通に匿名同士で回しの研究もしてましたから、それに混ざるような形で。 今は、言葉での議論とかが中心になってますが」 「そっか。 咎めるようなこと言って、ごめんね」 「いや、大丈夫です」 よくよく考えれば、外でも平気で同じ顔でいるのは、ちょっとまずかったのかもしれない。 昔からずっとこうだから、全然気にしたことなかったが。 「…でも、ずっと匿名なんでしょ? じゃあ、スピナーの活動とか、ほとんどしたことない訳?」 「そうなりますね」 「勿体ないよ、それは」 「んー、そうですかね…」 「昨日話をしてね、貴方にちょっと一目置いてるんだ。あたし。 歴も長いみたいだから、回しもうまいでしょ?」 「いや、そんなことないですよ…謙遜じゃなく。 特に最近は、立場的に、思いっきり回せる機会もあんまり無いんで」 昔は匿名であっても、他の人の自分の旋転に対する意見を聞いたりできたのだが、 今はコテを持っていないと、そういうことはしづらくなってしまった。 客観的に見て、JEB全体の平均に届くかどうかとか、そんなもんだと思う。 「そうかな…でも、そうならなおさら勿体ないよ。 コテ持ってれば、腕をもっと磨けるってんならさ」 「確かに、それは思いますが」 「でしょ?スピナーと交流も出来るしね。 考えた方がいいよ」 特別な事情とかがある訳ではないが、 なんとなく、コテというのは考えたことがなかった。 いい機会だし、考えてみるのもいいかもしれない、な。 こういうウマコテの人に、言ってもらった訳だし。 「…そうですね」 まだ飲んでいなかったコーヒーに口をつける。 何度か来たことがあるが、やはりここのコーヒーはおいしい。 「あ…」 そこで、ふと気づく。 「そういえば…SPSLって、いつから再開してましたっけ」 「ん…ああ、そうね。結構最近だね。 はさみが帰ってきて、すぐ再開したはず」 「んーと、はさみさんも、旅に行かれてた、って話ですよね。 スピナーって人種は、揃いも揃って旅が好きですよねー、まったく」 軽く、冗談のようなニュアンスを混ぜて言ったつもりだった。 が、RiAsONさんは、微妙な表情だ。あれ、なんかミスったか? 「旅、に出たことないの?」 「ん、ないです」 「でも、文具板だった頃からいるんだよね」 「…?はい」 それと旅と、何の関係が? 「…そっか」 何だろう、この反応は? 「あれ、旅に出ないってそんな変ですか?」 「いや、別になんともないなら構わないんだけど。 まあ、なんにせよ、やっぱりJEBには登録しておいた方がいいと思うよ」 なんだか気になる言い方をされてしまったけど…まぁ、あんまり追及するのはよしとこう。 「そうですね、考えときます」 「うん、期待しとくね。 じゃ、あたし、そろそろ失礼しようかな」 「あ、はい、了解す」 「うん。 はさみーっ」 近くの席で注文を取り終わった様子のはさみさんを、RiAsONさんが呼びつける。 「会計よろしく」 「あ、えーと…」 ポケットを探ろうとするが、お金を出す前にRiAsONさんが払ってしまう。 「ここはおねーさんに払わせといて」 「あー…どうもすいません」 頭を下げる。 「そんな他人行儀じゃなくって大丈夫だって。 呼び方も好きにしていいし」 「呼び方…」 そんなん言われてもなぁ。 人のあだ名を決めるのって、めちゃくちゃ難しいと思うんだよな。俺は。 「ま、今度会う時まで決めといて。 じゃ、なんかあったら相談してね」 そう言って、にっこり笑うと、RiAsONさんは先に店を出て行ってしまった。 「そんなん言ってもなぁ…」 「きみ、りっちゃんの…んー、知り合い?」 横に残っていた、はさみさんが話しかけてきた。 少し驚きつつ、 「あ、はい、そんな感じ、かなぁ…自分でも説明しづらいですが」 「そっか。今後とも御贔屓に。声かけてくれたら、サービスするからね」 「あ、ども…」 「あと、りっちゃんは姉貴ーとか呼ばれることが多いから、参考にしてね」 そう言い残し、はさみさんも離れていく。 …確かに姉貴肌な感じではあったが、まんまな呼び方だなぁ。 まあ、それは置いといて、だ。 SPSLを出て、街を歩きながら、考える。 考えることは2つ。 まず1つは、コテを持つことに関して。 こうして、毎日暇をしているような生活を変えるという意味でも、悪くない話だと思う。 ただ、そう簡単に決めれることではないと思う。 ずっと匿名貫いてきたわけだし。 そして、もう1つ。 もともと気になっていた点ではある。 そして、さっきの会話のRiAsONさんのリアクションで、その興味が一気に膨らんだ。 スピナーが出る、「旅」について、だ。 多くのスピナーがその名目で行方をくらまし、戻ってこない人さえいる。 一体何なのだろうか。 よし。 調べてみようか。 もしかしたら、コテとしての生活とも関係があるかもしれないし。 調べる価値はあるはずだ。 となると。 「…東、だな」 去年の暮れあたりにSPSLの入り口に張り出されていた紙を思い出す。 『店主が東の方に少し旅に出ることになり、大変勝手ではありますが、数か月の間閉店とします。ご了承ください』 もちろん、他に行ったという人も聞かなくはないが、 スピナーの旅の先として、東という言葉が出ることが多い。 しかし、東といっても、どこに行っているのか。 それを調べるためには。 東に行くのが、てっとり早いだろう。 |
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