投下するスレ 20

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鉄の味がする。
不愉快極まりない。

胸から血が流れている。
それが痛みなのかどうか分からないほど、苦しい。

当然の報いだ。

Saizenさんは、責任感が強く、そして人々の事を考えられる人のように見えた。
そのクールな顔に隠された本性を、見切れなかった。

自分の責任だ。

最初に、「旋転の開放」について話してしまったのがSaizenさんであったこと。
それは確かに、不運だったと言えるかもしれない。
だが、やはりそんなのは言い訳に過ぎない。

僕は誤った。全ての責任は、僕にある。

自分でも、疑問を感じなかったわけではない。
ただ、自分は最終的に「間違ったもの」を信じた。

それは、確かに、自分自身の誤りなのだ。

そして僕は誤っただけでなく―今も、誤って「いる」と言える。

責任をとらなければ。Saizenさんを追って、この手で討たなければならない。
いけないのに。なのに。僕は、こうして横たわり、ただ血を流している。

胸が焼けるような心地がする。

傷は深い。
けれど、それよりも今僕を苦しめているのは、悔しさだ。

自分の愚かさ、情けなさ、弱さに、きっと、この胸は焼けている。

ぼやけた視界の中。
その意識が、だんだん、消えて―







「ケホッ」

その時。
自分が咳き込んだ音で、消えかけた意識が、かろうじて繋ぎとめられた。

・・・そうだ。
まだ、倒れる訳にはいかない。

自分で追えなくても、何か、しなければ。

だが、何がある?
Saizenを倒すなど、自分が倒す以外に、ありえな・・・

いや。
そうだ。もう1つある。

なら・・・

「っ・・・」

手をほんの少し動かしただけで、感じなくなっていたはずの痛みが襲った。

それでも。動かす。朦朧とする頭を奮い立たせながら、手を懐に伸ばす。
そして、目当てのものを探り当てる。

姫とimuさんへの仕掛けの発動のため、awawaから預かったペン。

普段、僕はペンを1本しか持ち歩かない。
Saizenにもその印象があったのだろう、この懐のペンを見落とした。

激痛で頭がおかしくなりそうだ。
だが、この痛みが、この意識を繋ぎとめてくれるなら。
いくらでも痛んでくれて、構わない。

必死に、ペンを構え、回す。
短い、コンボともFSともつかぬ旋転。

―寝転びながらペンを回すのは初めてだな。
ろくでもない回しになった。

だが、十分だ。

パキ、と音がして、牢の入り口が開く。

「ayatoriさん!」

はさみの声がする。

キャッチの後に手からこぼれたペンが、その方向へ転がっていく。

「・・・」

言わなくてはいけないことが、謝らなければいけないことがたくさんある。
Mizmにもはさみにも、もちろんそれ以外のスピナーにも。

だけど、それを飲み込んで、しわがれた声で、短く言い放つ。

「・・・はさみ、Saizenを、追え」

この仕事なら、Mizmよりはさみが適任だ、と思った。

「でも・・・」

「倒せ、なく、とも・・・た、だ、ゲホッ」

再び咳き込む。口の中に、また血が広がる。

いい加減、きついな。

意識は消える寸前。妙に暗い視界。

その中で、はさみが不安そうな表情を残しながら、頷いたのが見えた。

―本当に分かってくれたんだろうか。
でも、大丈夫だろう。はさみが上手くやれなくても、きっと、やってくれる。


ayatoriは、ふっと安心したような表情を浮かべ、意識を失った。

はさみは駆け寄ろうとするも、踏みとどまると、
Mizmに一声「任せるよ」と伝えた後、階段を駆け上がっていった。







まだ、街の混乱は続いているようだが、ある程度は収束に向かってきたようだ。
しかし、もう十分。しっかりと持ってくれた、ということになる。

「我ながら、上手くいったな」

そうSaizenは呟く。

戦力の配置をしたのは自分だ。
力的にはギリギリと言った所だったが、入念に練っただけあって、機能してくれた。

スピナーと遭遇しないように、戦闘になっていないはずの所を縫いながら駆ける。

王宮とは逆方向。目的地は、郊外にある。


数分後、Saizenは目標に到達した。

自然が豊富な景観が広がり、
その中で、それらに溶け込むようにして、1つの建物とその前の広場がある。


普段は、博物館として機能している。
中もそんなに広くないし、ここまでわざわざ足を運ぶものは少ない。

しかし、一見静かなようで、どこか強い存在感を放っており、
JEBのスピナーによって、しっかりと管理されている。

入り口に、控えめにこの建物の呼び名が、記されている。

「私のペン回しの歴史」、と。

唯一神・HIDEAKIがJEBに最初に降り立ったとされる場所に作られた、
歴史が眠る場所である。

扉に手をかける。
ここ数日は、休館となっていたが、自分の仕業だ。

神がこの地の創造主、あるいはそれに近い存在だとしたら、
「降り立った地」とされるこの場で、サーバーに何かしらをした可能性が高い―という、予想は正解であった。

建物の地下に、該当する地脈を発見した。
もう、中の展示物は全て取り払い、サーバーにアクセスする準備が整っている。

後は、この、ぼんさんの魔力があれば、サーバーを落とせる。

「・・・」

そこで、ドアを開け放つ前に、背後の気配に手を止めた。
誰かが近づいてきている。

これは・・・ああ。

振り返って、その姿が広場に現れるのを視認する。

「はさみか」



「・・・どうも」

私のペン回しの歴史、か。
来る途中でなんとなく予想はついた。
この辺りで、Saizenさんの目的地に該当しそうなのは、ここぐらいだから。


Saizenさんが、少し目を細めて自分を観察するように視線を動かす。
その視線が、右手に止まる。

「ああ、awawaのペンか・・・そうか、失念していた」

納得したように頷き、そしてゆっくりとこっちに近づいてくる。

「で、はさみ。何の用だ?」

「・・・決まってるでしょう、あなたを止めることです」

Saizenが高く笑う。

「何を言っている、はさみ。お前では俺だけが相手でも勝てない。
ぼんさんの力も加わった今の俺を、止める、とはな・・・面白い事を言う」

「でもっ」

そんな事は、言われなくても分かってる。
私だって、Saizenさんに勝てるなんて、思っていない。

「でも・・・何か、しないと・・・たくさんのスピナーさん達が・・・。
無駄だって、分かってても・・・」

「・・・フン」

はさみの言葉を冷たくあしらうように、Saizenがペンを回しはじめた。

「そういう感情論は、個人的に賛同しかねるかな」

そして、穏やかなコンボを繰り出しながら、はさみに攻撃を仕掛ける。

風の刃が走る。

量も質も加減した攻撃ではあったが、はさみはかろうじて防御する。

「・・・」

Saizenの冷たい目線が、それを観察している。

「しかも、持っているのは自分のペンではない。
ますます俺に勝てる要素は皆無。・・・ayatoriも愚かだな、まったく」

Saizenが、はさみに向けるわけでもなく、言う。

「(・・・ayatoriさん・・・)」

Saizenさんの言うとおり、私がここに来てることは、無駄なように思える。

でも・・・ayatoriさんは、私を名指しにして、追うように言った
ただ、最後の言葉は聞き取れなかったし、何を言おうとしたのか、正直・・・分からなかった。


「何か狙いがあるのか?」

「・・・」

「まあ、いいだろう。当ててみようか」

Saizenが顎に手を当て、考えるような仕草を見せる。

「まずは、王宮内の勢力が壁を破る事を期待して、そのための、時間稼ぎ、といったところか?
だが、それは残念ながら不可能だ。
あの壁は、非常に単純な構造をしている。故に、策で一気に崩す、というわけには行かない。
逆に、力押しを続ければいつかは突破できるが・・・そうなるタイミングがこちらには分かる」

Saizenの表情からは、余裕が見て取れる。

「魔力の量から、担い手のさいだーなら、あとどれくらいで突破されるか判断できる。
危険な水準になったら、俺の所に連絡が来る。 今現在、連絡は来ていない。
それに、連絡を受けてから、お前を倒して作業を始めても十分間に合うな」

「・・・」

「後は、そうだな・・・神・HIDEAKIのお助け、とかか?
ますますありえん。 戦闘になれば、神もただの人間。
かつては優れたスピナーだったのかもしれんが、 今の実力は、高くない。
はさみ、お前でも勝てる程度のものだ」

言い放ち、Saizenは両手を広げた。

「さて、ayatoriは何を狙っているのか・・・。
それとも、無策でお前を放り込んだのかな?」

「(ayatoriさんの狙い・・・)」

そもそも、そんなものがあるのかさえ分からない。

けど。

ayatoriさんは、私を名指しにして、追えと言った。
きっと、何かある。信じなきゃ。

はさみは、ペンを構える。

「はさみ、闘る気か?」

Saizenは意外そうな顔で言う。

「やめておけ、無駄だ。大事な協力者に、怪我をして欲しくない」

「何を、いまさら・・・それに、無駄じゃない、よ。
きっと、何かある」

きっと、という言葉にSaizenが反応する。

「なるほど・・・はさみ、お前もayatoriの狙いを聞いた、というわけではないのか」

Saizenが、ニヤリと笑う。

「なら、断言するが・・・策などない。無駄だ」

「・・・」

「そもそも、ayatoriを信用する根拠がどこにある?
今回のことをしでかしたような奴を、信頼する必要などないだろ」

「ayatoriさんは、あなたに、騙されて・・・」

「確かに騙した。だが、もっと良心や正義感のある奴だったら、騙されなかったとも、思わんか?」

「・・・、何が、言いたいんです」

「あいつを信用して何になる、ということだ。
悪いが、ちょっとぼんさんの魔力も混ざってるからな。
お前が本気で来るなら、生かす保証は無いぞ」

確かに、そうかもしれない。

でも。

「・・・嫌です」

「何故?」

「ayatoriさんを、信じるから」

はさみは、強い言葉で言った。

その表情に、口調に、Saizenの眉がピクリと動く。


「ayatoriさんだから、信じれる。
・・・正直に言うなら、あなたが黒幕だと分かった時、少しほっとしました。
ayatoriさんは、あんなことをする人じゃないって、ずっと信じてたから」

「・・・何度も言うが、あいつを信じる根拠が」

「ずっと、今まで、ayatoriさんがしてきたこと。
JEBのエースとして、ずっと支えてきてくれたことが、根拠にはなりませんか」

「・・・っ」

Saizenが押し黙る。

そこで、はさみは、Saizenの雰囲気が少し変わったような気がした。

「エース、か・・・」

Saizenが、ペンを始動させた。

「忌々しい言葉だ」


Saizenの右手の辺りに、風が渦巻いてく。
純度の高い刃が、さらに研がれていく。

さっきのayatoriさんとの戦闘の時には、こんなものは見せなかった。
ayatoriさんの猛攻に対する為に、派手な技は控えていた、ということだろうか。

Saizenさんから発せらる圧倒的な雰囲気・存在感。

「はさみ、おしゃべりは終わりだな。
悪いが・・・今は気分が優れない。加減できそうにない」

Saizenの表情は、妙に無表情。
その無表情さが、逆に彼の感情を表しているようであった。

立ちすくむはさみに向かって、Saizenが、その刃を放とうと、構える。

はさみは、目をつぶった。

「(ayatori、さん―)」


そして、はさみが、最初に聞いたのは。

唸る雷撃の音だった。


「・・・!?」

はさみは思わず目を開けた。

「ッ・・・!」

Saizenが悪態をつきつつ、その手に纏う風で迎撃する。


この、kUzuさんのような豪快な雷とは違う、細く鋭い、雷撃は・・・。


雷は、5,6発で止んだ。

まだ攻撃と攻撃のぶつかり合いの余韻が残る中、
Saizenが、不快げな表情を浮かべつつ、低い声で言った。

「・・・計算か」

「どうも、Saizenさん」

はさみの横。
夕焼けを背に、key3が立っていた。




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